かけはし -12ページ目

かけはし

日本とヨーロッパの交流コーディネイターのさんぼです。
草の根のちいさな交流が広がれば、きっとお互いにわかりあえる、受け入れられる。

先日は新人がお休みで、ベテラン運転手が鉄道代替バス運行を担当しました。わたしは久しぶりに安堵して、なんの憂いも無く過ごしていたんだけど、そこに響き渡る携帯電話のコール音。

なんとベテランが混雑した駅で長いバスのお尻を引っ掛けて壊しました。

これだから人生は面白いよね。全く。


これで修理代は4桁だね。部品を注文すれば自分たちでできるからもうちょっと安く上がるかもしれない。


わたしは心安らかに過ごせない定めなのかもしれない。おまけにその日の午後は黒い森にバスをとりに行ったんだけど、寒の戻りなのは知っていたけど、これはあまりにも大袈裟に寒が戻っていませんか?


もう路面はカリカリに凍っており、気の早い夏タイヤの車は山道で立ち往生、上り坂ではあちこちでトラックが朽ち果てており、わたしは自分のバスの上等なタイヤを信じて、そろそろと前を進む最徐行のトラックの後ろについて山道を下りました。途中で車が道を塞いでおり、通り抜け不可能なところがあったけど、前にいるトラックと二人で仲良く気長に待ちましたよ。他にどうしようもないもんね。


最近長女が、珍しく我が街のグルメショップに置いてあるバルサミコを所望しまして、ちょうど彼女の住む街に出張の夫に託したんですが、わたしはバルサミコは好きではないんだけど、興味本位で自分のためにも買ってみました。



バルサミコのべったりした甘さが好きではないんだけど、これは割とあっさりしていましたね。でもやっぱり好みではない。サラダには安いワインビネガーかレモンが好きです。次女が作ってくれたこのバルサミコを使ったビーツのサラダは美味しかった。



久しぶりに夫が午後にコーヒーの時間に家にいたんだけど、お茶うけが何にもなかったので、5分で生地を作り、15分焼いて、冷ましてバナナと生クリームを挟んだオムレツケーキ。下はギリシャ人から習ったレンズ豆のスープ。そう、我が家は今、バナナとソーセージが山ほどあるんです。



日本人の魂の糧、おにぎりと今日の昼ごはん。お肉屋さんで買った揚げるだけのコルドンブルー。お肉にハムとチーズを挟んで衣がつけてあるもの。お肉屋さんで味つけたものは、パプリカ味が強いんだよな。わたしは胡椒すら降らず、お塩しか使わないのでなんか慣れない味です。手軽なのは良いけど。

ところで、料理レシピを見ると、枕詞のように塩胡椒を振るなど書いてあるけど、わたしは胡椒は滅多に使わないなあ。カルボナーラ的なものとか卵サラダとかポテトサラダには結構たっぷり胡椒を入れるけど。ステーキにも使わないなあ。なんか、味の邪魔になる気がするから胡椒の味じゃなくちゃ、と思うものにしか使わない。

このおにぎりはロングトランスファーの時のお弁当。夜中にお腹空いちゃったら大変だからね。あとバスの中で運転しながら冷たいウィンナーソーセージを齧った。

考えてみればツアーバスのハンドルって不潔かもなあ。ちゃんと掃除しなくっちゃ。だってわたしをはじめ、全ての運転手がそこで運転しながらなんか食べてるもんね。


長女作の素晴らしいパン。彼女はサワードウも全て手作りで、上はカンパーニュ、下はレモンとパルメザンのチャバッタらしい。丁寧な生活を送っているようで、なによりです。

うちの夫は、パンに大きい空洞があると、ジャムやバターが下に落ちる、などと文句を言うので、もしわたしがパンを焼くならもうちょっと目の詰まったものを焼く方が平和かもな。


バスの安全検査を検査場で待っている時間に、色々と最近の出来事を思い出してみました。


さんぼ




新人の訓練は続いています。そして、独り立ちして代替バス運行を一人で任せるようになった日、運転手不足でわたし自身が二日間にわたるロングトランスファーを夫と担当する事になりました。


時間の関係で、まずわたしが、アルバイト運転手と共にフランクフルト近郊のお客を迎えに行き、移動途中のオーストリア国境近くで夫が乗り込んでそこからは夫と二人で運行を続ける計画で、イースター休暇に入った日の出発だったので、渋滞が予想されたために夫もわたしも許可されている運転時間ギリギリになるであろうと予想していました。


良いんですよ。長いドライブは。徹夜も良い。午前2時から日の出まではやっぱり辛くはありますが、そしてその時間は、いつだってわたし担当なんだけど、それはそれで良い。問題は、新人運転手がうまくやっているかが心配で心配で、心ここにないこと。

家にいたって心配は同じだし、どっちにしろ彼が運転している地域はウチから150km以上離れているから、なんかあったとしても直ぐには現地で対応できないんだから、150km離れても600km離れても同じと言えば同じなんですが。


彼の勤務が始まる6時前後からは、もう心ここに在らず。幸いその辺りからは夫が運転交代していたので、わたしはまんじりともせず、携帯電話を凝視していました。なんか彼から緊急の連絡が入るのではないかと心配で。


果たして連絡が入って来ました。「Problema」。


前に停まっている2台のバスのせいで、通り抜けられない。後ろにもバスがいてクラクションを鳴らされる。だけど僕はここは100%安全に通り抜ける自信がない。


とのことでしたが、わたしは写真を見る限り、これは彼の言うとおり、できるかもしれないけど、無理をしない方がいいと思って、「誰が何度もクラクションを鳴らそうが、無視して、貴方が安全に通り抜けられるようにどっちかのバスが動くまで、そこにじっとしてろ」と言いました。


ここでわたしが、安心したことは、最初の印象通り、彼は慎重だ、と言うことを確信できたことです。これは、おそらく多くの運転手は無理して通ると思う。運が良ければ何もないけど、やっぱり無理だった場合は、にっちもさっちも行かなくなるのは明白。自分の限界を知り、危険な時は動かない事は、大型職業運転手の鉄則ですから、少なくとも彼はそれはわかっている。


これでわたしは多少安心しましたね。

彼によると、前に停まっているバスの運転手はすぐにパン屋の袋とコーヒーを携えて戻って来たらしいけど、わたしは早速本部にナンバープレート情報と一緒にチクりました。こんな停め方をするべきではないからね。


その後は、多少安心して自分の業務を続けたんですけどね。ああ、やはりかなりの心労ですよ。


今回のトランスファーの目的地はヴェニス近郊。ブレンナー峠を越してイタリアに入りました。先日からの寒の戻りで、ファーンパス、ブレンナーアウトバーンの道路状況は多少心配だったけど、ファーンパスは夫が走り、ブレンナーはわたしだったけど、問題なし。渋滞もなく、アウトバーンは休暇1日目なのに、ガラガラに空いていて、かなりスムーズに到着しました。ちょうどヴェローナのあたりを通過している時に、輝く太陽が顔を出して、あの文豪ゲーテが、ブレンナー峠を通過した後に見たイタリアの太陽に感激する件が「イタリア紀行」に記されていますけど、その気持ち、わかるなあ。

イタリアの太陽って特別なんですよね。こっちは太陽に向かって運転してたから眩しくて困ったけどね。


そしてヴェニス近郊の学生ホテルに到着し、荷物を下ろした後は、すぐにドイツにとんぼ返りです。我々はせっかくイタリアに来たのに、結局何も買わず、何も食べず、一回イタリアのトイレに寄っただけで、ドイツまでは爆走です。


帰りはちょっと違う道を通ってみた。蒸留酒で有名なグラッパのあたりを通過。

愛車とともに。酷い顔なので半分だけ。


イースター休暇が始まりましたが、わたしにはなんの関係もない。仕事だけです。こんな人生になるとは思ってなかったね。でも結局は自分でこれを選んだんだもんね。仕方ない。


さんぼ


やっと新従業員を雇いました。

結局3ヶ月以上かかった。わたしは疲れ果てました。

世の中は運転手不足とか言っているけど、どうだろう?バス免許を持っているだけじゃダメなんだよな。社会人として、雇用者としての自覚のある人と言うか、常識のある人と言うか、そういう人が少ないんだよな。


新しい運転手も、また外国人です。今度はドイツ語がイマイチなスペイン人。わたしは今後ギリシャ語のみならずスペイン語の翻訳まで翻訳アプリの助けが必要になりました。


今回の人の採用の決め手になったのは、その求職の積極性と時間に正確なこと。運転経験はそこまで長く無いし、若くも無いんだけど。


彼はある日我が事務所に前もっての連絡もせずにやって来て、どうしても仕事が必要だと履歴書を置いて行ったんです。で、月曜日に返事すると言っておいたんだけど、月曜日に電話すると、コール1回で直ぐに出た。そしてその二日後から訓練できるかと聞いたら、しのごの言わずに、直ぐに了承し、訓練は彼の自宅から150km以上離れた場所だったけど、そこに約束の時間の前に現れた。


まあ、約束なしに履歴書持って来たのはルール違反ではあるんだろうけど、積極性と思えばまだ許せるし、時間に正確で、常に仕事始められる準備万端の人っていないんですよ。案外。仕事を探しておきながら、そして始められる時期は「Sofort」(今直ぐ)、と書いてあったって、いざ明後日からなんて言うと、やれ家族が、だの約束が、だの車の調子が、だの言い出し、結局は来月からならできる、となり、来月になったらまたぐずぐず時間を引き延ばす。ま、これは職安紹介の面接者によくあることなんだけどね。彼らは面接に行った事実が大事なわけで。


スペイン人の問題は、見かけがだらしないこと。うちに来た時も、そのみなりの構わなさに夫が驚くぐらいでした。だから採用時も、バス運転の時はワイシャツとズボンを着用と命令していたのに、訓練場所に現れたのは、ヨレヨレの男。早速問い詰めたら、どうも急に太って、ワイシャツのボタンがとまらないことに昨晩気づいて、持っている中でマシなのを選んで持って来たらしいけど、こんなの人様の前にわたしの会社の名前を掲げて出すわけにはいかない。


わたしは、訓練の途中で安売り衣料店に駆け込み、手当たり次第に、マシな衣類を選び、数種類購入して、明日からはこれを着ろと命令して彼に渡しました。彼はびっくりしてましたが、こっちにしてみれば、そのだらしない外観で、クレームが来て、依頼主の機嫌を損ねるよりも安売り衣料店のまともな服を袋いっぱい買って彼に渡すほうがずっと良いんです。


1日目の訓練は終了しましたが、やはりまだ心許なかったので、2日目は、そのルートを主に担当していたベテラン運転手に午前中だけ来てもらい、引き継いだけど、彼によると、スペイン人はわたしが買った服を着用しており、まともな外観になったそうです。


運転に関して言えば、うちの車両は特別に長く15mの鉄道代替運行のためのバスなので、取り回しが難しく、普通の路線バスしか乗ったことない運転手は慣れるのに時間かかるし、慣れる前にどっかぶつけるんですが、彼は3回しか運転したことないと言っていたけど、かなり慎重に運転しているのが見て取れました。

因みにわたしは免許取り立てで乗り始めたのがこのタイプなので、最初からこっちに慣れており、普通の路線バスに初めて乗った時は、取り回しのあまりの楽さに感激しましたが。


そして新人が訓練始めてからと言うもの、わたしは全く心休まりません。我々は我が社の財産をその運転手に全幅の信頼を持って預けなくてはいけない。


ギリシャ人が来た時は多少マシでした。なぜなら彼は彼自身がかつてバス会社を持っており、それが倒産したからドイツに出稼ぎに来た人なので、車両の価値とそれを預かる責任の重さを知っている人だったから。


後の運転手は長年知っているのでもともと信頼関係がある。

だけど今回のようなパターンで新運転手を雇った時はまだ信頼関係は無いわけですから、ものすごく不安なわけです。眠れない。でもわたしがずーっと一緒にいるわけにはいかないので、ここは不安もひとときの必要経費と捉えてやり過ごすしか無い。ああ、こんな生活は本当に負担になる。


わたし自身も、自分のツアーがあるし、事務仕事もあるから気持ちを切り替えなくてはいけないんだけどね。



次女が作ってくれたビーツとフェタチーズのサラダとわたしと夫の愛車。


さんぼ