これだけはもう勘弁と思った治療 | かけはし

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日本とヨーロッパの交流コーディネイターのさんぼです。
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はっきり言って、術部の化膿の治療がなかったとしたら、顎の骨を取る手術は「思ったより楽勝」だったと思います。そりゃあ相当恐ろしい思いをしたし、緊張したし、体も動かず辛いことは辛かったけど、事前に想像していたよりマシでした。

もちろん、切り口と顎の骨のあった部分はかなり離れているので、手術中に、どれだけ顔の皮膚が引き伸ばされていたんだろう、とかまさか折りたたんでいたのでは?とか想像すると、鳥肌が立つほど恐ろしいですけどね。でも、すぐに立って歩けたし、これなら誰だって耐えられると思いました。

だけど、化膿の治療については、もう二度と経験したく無いと断言できます。あー、痛かった。次の手術で万が一またこんな目に遭うんだったら、医者がなんと言おうと、全身麻酔で術部を洗浄して欲しい、と頑強に懇願するつもりです。

詳細は書きませんが、大人だから騒ぎませんでしたけどね、あまりにも苦痛を伴う治療だったために、毎日治療室に行くとき、本当に足がすくみ、この治療は必ず偉いお医者さんが来てくれたんですけど、どうもわたしはあまりの恐怖に、彼をものすごく怨みがましい目で見ていたらしく、遂に三日目には「うん、僕は、そんな目で見られるのに慣れている。これは痛いよね」と言われるほどでした。

最初の治療の時に、あまりの痛さにびっくりして、何も言わなかったのが悪かったかな?ぎゃんぎゃん騒げば局部麻酔ぐらいしてくれたのかなあ?2回目も言えば良かったのかもしれないけど、前回よりもましだろう、と思っちゃったしなあ。やはりこまめに不満と希望を言わないとダメですね。

この二度目の入院中は、一度目の入院の時に持ち帰った衣類がまだ(家の洗濯機が満杯だったために)洗えておらず、着替えをほとんど持って行けませんでした。ところが患部からは、出血や体液やとにかく排出液が出て、着替えても着替えてもすぐに汚れ、遂には看護師さんが、看護師用の不織布の青い仕事着を何着か持ってきてくれて、わたし、それや手術着を着ていました。なんと親切でフレキシブルなんでしょう。


ところで、毎日二回、治療の他に、傷口の洗浄と絆創膏の交換があったんですが、これって割と上手な人とちょっと残念な人の差が大きかったな。

採血とかはあまり差を感じなかったんですけどね。

わたしが気に入っていたのは、割と若い男の子で、見かけはパンクで、倶利伽羅紋紋がばっちり入っているカッコいい子でしたが、彼はまず絆創膏を剥がす時も必ず液体をスプレーし、痛く無いように慎重にやってくれたし、傷口にはストローみたいな管が何本か入っていたんですが、そこに触れないように丁寧に扱ってくれ、絆創膏も動く時のことを考えて、ガーゼを弛ませるところと引っ張るところをうまく調節して貼ってくれるので、次の時まで全く滲出液が漏れることはなく快適に過ごせました。

残念なタイプは、テキトーに剥がし、テキトーに貼るので、数時間後には滲出液でその辺がベタベタになるわけで、ほんと、力量の差が具体的に分かりましたね。

通知表を書きたいぐらいでした。


結局二度目の入院の方が長かったのかな。毎日3回抗生剤の点滴があり、激痛の治療があり、その他に傷口のお手入れがありと、1回目よりも忙しい入院でした。またその恐怖の治療の時間は決まっておらず、いつ呼ばれるかわからない状態だったので、なおさらそれが終わるまでは、落ち着けませんでした。もう、ほんと、怖かったんです。


ただご飯は、1回目は流動食っぽいものでしたけれど、わたしが二度目の入院の初日に、もう口を固定しているゴムを切ってくれと懇願したので、口は開くようになっていたので、柔らかめの普通食になっていたので、それこそ三度のご飯だけが楽しみな日々を送りました。


なんか、昔の映画を思い出すようなマスクですが、これは顔を冷やす装置。19度に設定されていて、水を循環させて患部を冷やします。気持ちよかったけれど、うるさい。


さんぼ