わたしが滞在している村は、冬はスキー、特にクロスカントリーのルートが縦横無尽に走っている地区で、夏はそこがお散歩ルートになっています。ずっと散歩に行きたかったけど、お天気が悪すぎて、不可能だった。だけど今週はとても素晴らしい天気が続いているので、わたしもやっと村の周辺を毎日歩き回っています。
そして、一昨日このような看板を見つけました。
この山の中には、村が三つあり、かつては学校はその村の教会が属している教区の管轄だったために、今住んでいる村の子供は、近い方の村の学校は、別の教区なので行けず、遥か遠くのもう一つの村にある学校に行かねばなりませんでした。遥か遠く、とは、山道をおよそ4kmほどの距離です。近い方の村の学校は約1kmぐらいでした。
4kmなんて大したことないと思う人もいるだろうけど、往復8km、夏場はいいとして、ここは豪雪地帯ですし、通る道は森の中の山道です。かなり高低差もある。本当に大変だったと思う。そうまでして、子供らは学校へ行っていたんです。
その後1927年になってから、やっと別教区の学校に通学することが許されたために、ここの村の子供達は、近い方の村の学校に、この「Schulweg」を通って通学したんです。
で、現在は、この三つの村には学校は無くて、学校へはバスに乗って、山の麓の街まで通学することになっています。
ここは冬は道路状態も悪く、カリカリに凍ったり、新雪が道路の上にお座布団のように積もったりすることがある土地ですが、どんなに寒かろうが大雪が降ろうが、子供達は真っ赤なほっぺでバスを待っています。だからわたしたちも、子供たちを長く待たせないように最大限に努力して、定刻運行を目指さねばならない。
うちの娘達なんて、授業開始の20分前に家を出ても間に合うような感じだったけど、ここの子供たちは7時30分始まりの場合、6時38分発のバスに乗る。彼らはこの生活しか知らないから、これが当然と思っていて、特に重荷に思っていないのかもしれないけど、通学の重みと言うか、困難度がわたしたちの娘に比べてずっと大きいから、学校に対する意識も違うのかなあ、なんて思っています。
さんぼ


