ドイツ生活初期の暗黒時代 | かけはし

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日本とヨーロッパの交流コーディネイターのさんぼです。
草の根のちいさな交流が広がれば、きっとお互いにわかりあえる、受け入れられる。

私は過去には余り興味のあるほうでなく、昔の事をしみじみ思い出したりすることの少ない非情緒的なところがある。それだからこそ、せっかくいい機会と思ってはじめた自己紹介も、高校時代で止まったままだし、考えてみれば他人の過去にもほとんど興味が無く、例えばドイツで親しくしているお友達の、出身地ぐらいはかろうじて知っているが、例えば学歴とか前職とか、知らない人のほうが多い。

私は今のこととこれからの事のほうによっぽど興味があるのだ。


しかし、あえて、ドイツ移住してすぐの暗黒時代のことをもう一度振り返ってみようと思う。


真っ暗であった。

私は、日本での仕事には満足していたし、このままキャリアを積めば、もしかしたらその会社のマネージメント部門に行けるのではないかと思っていた。しかし、愛に目がくらみ、ドイツくんだりまで全てを捨てて来てしまったのだ。

遂にドイツで恋人(後の夫)と暮らし始め、そのことだけに満足できたのは正味3日。その後は、言葉が分からないばかりに、今まで培ってきた私なりの地位から引き摺り下ろされ、半人前として扱われる屈辱感、自分は何者でもないという、不安定感に苛まれるばかりだった。喜びも無く、楽しみも無く、本気でドイツに来たことを後悔した。何よりもつらかったのは自分が大人として自立しているという感覚をまったく無くしてしまったことだった。


愛し、愛されるだけで満足していた時期が短期間にしてもあったとは、その時期私は気がおかしくなっていたとしか思えないが、人間たるもの、自分こそが人生の主人公でないと、充実感は得られないのではなかろうか。


日本食が無いこととか、文化風習が違うこととか、信じられないほど田舎に来てしまったこととか、そんなことは些細なことで、実際、食生活だの生活習慣などの類が気になり始めたのはかなり経ってからだった。


日本の知人友人親族に、激励を受けてはるばるやってきたのだから、おめおめと泣き面下げて帰るわけにはいかない。「あたしだってクニに帰れば、こんな扱いを受けることは無い」などと言ってみても、ここはドイツで日本で無いのだから無駄なのだ。


私の夫は、見たくないものは無いものとできる、大変利己的で、便利な性格をしているが、このときばかりはかなり危機感を覚えたらしい。元気に働いて、活動的に行動している女と結婚したはずが、実際に一緒に住んでいるのは、どんよりした空気と、ネガティブなオーラでいっぱいの女だったからだ。


そこで、彼がやったのは、私を自動車学校に放り込むことだった。ドイツの田舎は、車がないと身動きが取れないということもあったが、それよりもドイツにおける資格というのを手にする事によってなにか変わるのではないかと思ったのだ。


この試みは大成功を収めた。


もともとそのころ前に書いたベビーシッター をはじめていたこともあり、かなり気持ち的にも上向きにはなっていたが、この免許取得により、一気にポジティブモード全開になったのだ。


たかが免許、されど免許である。自分の足で移動できる。しかも手にしているのは生まれて始めて取得できたドイツ政府からの正式許可証。他のドイツの連中と同じもの。


免許を手にして一週間後には州都のStuttgartまで、そのころ知り合った日本人の女性に面会に行き、2週間後にはFrankfurtまで、来独した両親を迎えにいった。もちろん、そのまま、ドイツ名所を数箇所回り、私の運転で両親をドイツ観光旅行に案内できたのだ!!


1. 多少仕事らしいものをはじめ、ドイツ社会に片足突っ込んで、自分の立ち位置を曲がりなりにも見つけられた。

2. 物理的に自由自在に動けるようになった。

この二つの要素によって私の暗黒時代は完全に終了したと言っていいと思う。


現在、ドイツあるいは外国に住みはじめ、かつての私のように無力感にさいなまれている人がいるとすれば、私は、まず自分でハンドルを握ってみたらどうかとアドバイスしたい。案外これは、あらゆる自立の第一歩となる気がする。物理的な自立は精神的な自立の助けになるし、精神的に自立していないと、過酷な外国生活(おそらく一生続く)を乗り切れないと思うからだ。

ドイツに関して言えば、道路標識は完備し、高速道路網も充実し、車に乗るのを躊躇する理由は無い。


因みに付記すれば、私はその後、乗客を乗せることの出来る免許も取得し、運転手として小金を稼ぐことも可能になった。本当は大型バスの免許も取りたかったのだが、夫から頑強に反対された。反対された理由は、私の年齢から考えて、多額の免許取得費用を投資しても、生きている間にそれを回収するほど働けるとは思えないという理由だ。


暗黒終了のきっかけを与えてくれた夫には本当に感謝している。彼にしてみても、要領よく、自分は一切苦労しないで(あ。自動車学校代は払ってもらったか)、私をおだてたり、慰めたり、甘やかしたりなどの厄介ごとはまったくせずして、勝手に私が生き返ったのは幸いだったのではないかと思う。


さんぼ

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