読者の皆様は、硝酸イソソルビド経皮吸収型テープ剤「フランドルテープS®」の製剤本体に “ハートのマーク” が印刷されるようになったいきさつをご存知でしょうか?

今回は、この「フランドルテープS®」との “お付き合い” 経験がテーマです。

 

白色の “ハートのマーク” が印刷されるようになった理由

1999年1月、横浜市立大学病院で、肺と心臓の手術を予定していた患者を取り違えるという事故がありました。この事故は、日本における「医療安全」へ関心の高まりのきっかけとなった出来事のひとつです。

その事故調査過程で,あることが明らかになりました、それは・・・患者の背中に貼られていた硝酸イソソルビド経皮吸収型製剤「フランドルテープS®」を担当麻酔医は十分な確認を行わずに,肺手術を行う患者と思い込んで本剤をはがして麻酔をかけたことです。

 

この患者取り違え「手術」事故調査報告に注目して、販売会社のトーアエイヨーは、2003年、再発防止のために「フランドルテープS®」本体に白色の“ハートのマーク(薬効マーク)“を印刷するという改良を行いました。

マークを白色にしたのは、暑い季節の薄い衣服からマークが透けて見えないようにと人間工学的に検討した結果に基づいたものでした(見える安心 見えない配慮)。

●塚本均,井上祐一,大久保堯夫,小町谷朝生,全身性経皮吸収剤フランドルテープS®に対する薬効(領域)マークと製品名表示の試み,診断と新薬,40, 285-291(2003)
 

このような背景を知ったのは、2003年に長崎で開催された「第123回日本薬学会年会」でのこと。土屋文人先生を座長とするシンポジウム「ヒューマンエラーの考え方とセーフティマネジメント」で、「医療機関の立場から」のシンポジストを務めさせていただいたとき、「製薬企業の立場から」のシンポジストを務められたのがトーアエイヨー社の塚本均さんでした。

 

そのシンポジウムで、「フランドルテープS®」に興味を持ち、塚本さんとの交流が始まりました。学会は、大切な “出会いの場”・・・ ですね。

 

“ハートのマーク” の評価

ある日、トーアエイヨー社から、「フランドルテープS®」で試みた安全対策「薬効マーク」を、患者や医療従事者(医師、看護師、薬剤師)がどのように受けとめているかを知りたい・・・との相談がありました(確かに・・・ 製薬会社が、患者や医療従事者を対象に、直接調査することは簡単ではないですね)。

 

こちらも興味があったので、土屋文人先生の提案で人間工学の専門家に仲間に入っていただき、トーアエイヨー社と共同で調査することになりました。

 

調査は、2004年1月~3月に行いました。医療従事者への調査は、次の項目です。

 

調査用紙の回収枚数は,医師が7,078枚,看護師が7,018枚,薬剤師が7,361枚と目標(10000枚)の70.2~73.6%,患者が1,339枚と目標(3000枚)の44.6%でした.調査に協力していただいたのは102病院と55保険薬局でした.

 

医療従事者に対する「Q5」の結果は次のようになりました。
エラー防止対策としての「薬効マーク」の妥当性については,医師の77.7%と薬剤師の71.3%が認めているのに対し,看護師は59.0%と相対的に低く,各職種において評価が異なりました.

 

患者は、1399人の協力が得られました。
「薬効マーク」と「製剤名の表示」に対して「良い」との回答が各年齢層を通して60%以上であり,60歳未満では69.2%と最も高い値でした。反対に,「無い方が良い」との回答は7.8%で、各年齢層でほとんど差は認められませんでした。


「薬効マーク」の着衣の上からの見えやすさに対する評価は,「見えない方がよい」という回答は全体の42.4%でしたが,年齢層が上がるほど減少傾向が認められました。また,各年齢層において,性差は認められませんでした。

●硝酸イソソルビド経皮吸収型製剤で試みた使用の安全対策「薬効マーク」に対する医療従事者と患者の評価
古川 裕之,塚本 均,空閑 正浩,土屋 文人,木村昌臣,大倉典子,宮本 謙一
医療薬学,31(9): 735-743, 2005


調査での医療従事者の「自由な意見」については、人間工学の専門家が「テキスト・マイニング」という手法で解析してくださいました。

●医薬品使用の安全性に関するアンケートの解析 テキストマイニング手法の適用
木村昌臣,古川裕之,塚本均、田崎久夫,空閑正浩,大倉典子,土屋文人
人間工学,41(5):297-305, 2005

 

この共同研究で、「データ・マイニング手法」という解析方法を知りました。この共同研究で他の領域の方々との交流が必要と感じ、それ以後、薬剤師だけの学会から色々な領域の方々が集まる学会参加へとシフトしました。

 

余談ですが・・・

これらの調査結果も考慮して、トーアエイヨー社は、この「薬効マーク」を、必要とするすべての製薬会社が利用できるものとしました。

 

そして、もうひとつ。

塚本さんとの雑談の中で知ったのが、上諏訪(長野県)に建つ洋風建築の「片倉館」のこと。

その施設は、大正から昭和初期に生糸生産で財を成した片倉兼太郎(片倉工業)が、ヨーロッパ各国の農村に充実した厚生施設が整っていることに感銘を受け、製糸工場の女工や地域住民の保養のために建築(1929年)したものです(この片倉工業は、トーアエイヨーの親会社)。素晴らしい !!

特に、立ったまま入浴する「千人風呂」という浴槽は、一度に多人数が浸れるというもの・・・このアィディアには、びっくり !!
探検リポートをご覧いただき、機会があれば、皆様もぜひ「千人風呂」に浸ってみてください。