私は左利きです。
世の中には、左利きに憧れる人も、多いようです。
例えば、ほらここに「岡根:左利きと天才」
しかし、先日、残念なことが判明しました。
左利きの寿命は、右利きに比べて、約10年短いらしい。
何となく、分かるような、気がする。
なぜなら、左利きは、右利きにとって、普通のことが、結構ストレスになるのだ。
例えば、電車の、自動改札機。
どちら側に、あるかといえば、右側。
右手で、タッチしやすくなっている。
自動販売機の、コイン投入口も、右側にある。
右手で、コインを、入れやすくなっている。
電話機の、受話器は、左手で持つように、配置・配線されている。
これは、左手で、受話器を持ち、右手でメモをするためだ。
急須も、右利き用に、出来ている。
急須を、左手で、お茶を入れるのは、至難の業だ。
というか、むしろ、不可能に近い。
つまり、私たち、左利きは、使い慣れない、逆手で、扱わなければならないのだ。
ちょっとした、ストレスが、蓄積されていく。
その積み重ねが、10年なのだろう。
しかし、不便なことばかり、ではない。
スポーツは、左利きにとって、有利だ。
多分、練習相手として、少ないから、対戦相手が、慣れていないのだろう。
高校時代、テニスをやっていたが、おかげで、相手が、私に、慣れる前に、
勝ててしまったことが、何度かある。
しかも、私が通っていた高校は、強豪として、有名だったから、
学校名を、聞いて、相手がビビッてくれたのも、大きかった。
それだけではない。
左利きは、左利きというだけで、仲間意識が生まれるのだ。
さらにさらに、左利きの、多くが、様々なところで、右手を使わされることが、多い。
また、親から、矯正させられることも、多い。
幸い、私は、ほとんど、矯正されることは、なかったが、
鉛筆を持つことだけは、矯正させられた。
お箸は左、鉛筆は右。
字を書きながら、食事が、出来るのだ。
忙しい、現代時にとって、なんて素晴らしいことだろう!
しかし、子供の頃、
「そんな、行儀悪いことは、するな!」
とこっぴどく、叱られてから、一度もやっていない。
利き腕だけで、ブログが書けるのも、左利きならでは、だろう。
本当は、別のことを、書こうと、思っていたのだが、
左利き論だけで、終わってしまった。
今日書きたかったことは、次回に書くことにしよう。



