北半球一周の旅 2002年 1年間 回想記 -11ページ目

北半球一周の旅 2002年 1年間 回想記

1年間をかけて、北半球の主要な国、都市、世界遺産などの旅をした体験を赤裸々に綴る回想記。

 俺とK君がニューオーリンズ滞在中に食事や観光、夜遊びなどを楽しんだ場所はほとんどがカナル・ストリート、エスプラネード・アベニュー、ランパート・ストリートの3つの通りとミシシッピ川で区切られたフレンチクオーターと呼ばれる地域だ。フランス、スペインの植民地時代の町並みを残し、多くの見所、観光名所が存在する。

 ニューオーリンズ港は世界一のコーヒー豆輸入量を誇り、多くのコーヒー焙煎工場があって、コーヒー好きなフランス人の影響もあってカフェオレがポピュラーな飲み物として浸透している。そんな中でも観光名所として知れ渡りニューオーリンズを訪れた観光局の多くが訪れるのが、ジャクソン広場に面したニューオーリンズ名物ともいうべきコーヒースタンドカフェデュモンドだ。
俺達もニューオーリンズに到着した日の夜に訪れた。(カフェデュモンドはアメリカの他の都市や日本にも店舗があるが24時間営業しているのはこの本店のみ)1862年に開店した古風なオープンテラス形式の店舗だ。ベニエ(beignet)と呼ばれる粉砂糖をかけた穴の開いていない四角いドーナツとチコリ(キク科の多年生野菜で、根を炒ったものをコーヒーの風味付けや代用品にも使う)入りのフレンチ・ロースト・コーヒー、カフェオレが看板メニュー。
メニューも店員の応対も素っ気ないものだが、やはり歴史のある店だけあってドーナツもカフェオレも病みつきになりそうな味だ。結局延べ一週間の滞在中、計4回通ってしまった。
 ニューオーリンズを一度離れてから、またニューオーリンズに戻ってくる日程を組んでいて(理由についてはブログの続きで判ると思います)、延べで約一週間近くニューオーリンズに滞在した。
今までこのブログの中で食べ物の事についてはあまり深く触れてなかったが、ここニューオーリンズはアメリカを代表するグルメタウンであり、滞在中にはこの旅では珍しく毎日のようにレストランに行ってたので、名物料理などを順不同で紹介していきたい。

 歴史的にみるとフランス、スペインの植民地時代の宗主国の影響に加え、黒人の強制移住はスパイスやアフリカ料理の要素をもたらした。
またメキシコ湾、ミシシッピ川でとれる魚介類も豊富で、ミシシッピ川下流域の肥沃な大地からは米、インディアンコーン、豆などの野菜が採れ食材には事欠かない。
ニューオーリンズ料理は大別するとクレオール風とケイジャン風の2つがある。フランスやスペインの流れを汲むクレオールはどちらかといえば都会的な洗練された味で、バターやベーコンを炒めたルーをベースにしてスパイスをたっぷり使う。
一方ケイジャンは香辛料の効いた濃い味付けでフランス系移民アケーディアン(カナダ東部のアケーディア地方からミシシッピを下ってきた)を由来とする労働者の料理だ。小麦粉とオイルを煮詰めたブラウンソースがベースになる。トウガラシを多く使うのが特徴だ。
しかし現在この2つの料理は明確な区別はされていない。両方をミックスしてニューオーリンズ料理、ルイジアナ料理と呼ぶことも多い。
 グレイハウンドバスは早朝にルイジアナ・スーパードーム近くにあるユニオン・パッセンジャー・ターミナルに到着した。ここはアムトラック(鉄道)との合同ターミナルだ。

 俺とK君は日本で訪問都市を決める時に、北米やヨーロッパのほとんどの都市での滞在予定ホテルを決めていた。ガイドブックに載っているホテルで比較的便利で(立地が良い)、最も安い宿だ。でもここニューオーリンズでの宿泊予定の宿は全く決まってなかった。
ニューオーリンズは全米でも有数の観光都市ではあるが、あまり貧乏旅行のバックパッカーが来るような都市ではない。したがってガイドブックに載っているホテルはどれもこれも俺達の予算をはるかに超える金額だった。安いユースホステルも載ってたが、深夜までフレンチクオーターで遊ぶつもりでいる俺達にとってはロケーションがよろしくなかった。
到着も早い時間だったので荷物を背負いながら歩いて探す事にしていた。バスターミナルを出てから20分ちょっと経った頃にアートディストリクトを歩いていると、ちょっと古めかしくて味のあるホテルが目に入った。一階は食堂も兼ねていて朝から近所の人達が、コーヒーを飲みながらパンと卵料理を食べている。
値段を聞くとツインルームで二人で60ドル以内に収まる金額だった。部屋はあまり綺麗ではなかったしシャワーとトイレは共同だったが、ニューオーリンズの他のホテルと比べると格安だったので迷うことなくここに泊まる事にした。