某読書ユーチューバ、読書会のテーマ小説でした。

2017年157回直木賞候補、

そして今年の新潮文庫の100冊選の一冊。

難点は600頁に迫る分厚さ。読み切れるか?

問題ありませんでしたよ。年度末の忙しい時期だったので

少し時間は掛かりましたが、呑み込まれるような読書体験でした。

 

付き合った複数の男性を殺害した容疑で逮捕された女囚梶井真奈子と、

彼女を取材する女流記者町田里佳とその親友の伶子が繰り広げる

香りと色彩と味の豊かな物語に読者は巻き込まれていきます。

本書は冒頭から最後まで読者の五感を痺れさせる体験に引き込みます。

 

確かにタイトルのBUTTERが示唆するように、本書はある意味、

本職の作家が本気で食レポを次から次へと畳み掛ける味と香りの舞い踊りぃ(by彦摩呂)。

バターの香りから始まって、パンケーキからフレンチのフルコースに至るまで、

そしてクライマックスは七面鳥の丸焼き。もうお腹がクークー鳴り続ける。

でも、本書は(あまり取り上げられないけれども)味覚と同じくらい

読者の視覚を魅了させる一冊です。もう冒頭から

「生成り色の細長い建売住宅が、なだらかな丘に沿う形でどこおまでも連なっている」

…って生成り色とは何色??一行目からググってしまった。

因みに何度か「生成色」が本書の中に出てきます(いや、別に何かのヒント、というわけでなく)。

柚木さんは豊かな色彩で読者の視覚まで潤してくれます。

そして最後の一行がまた、

「里佳は目を閉じて、冷蔵庫の中のあの形のよいはしばみ色の骨、そして明日の朝の手順を…」

って、「はしばみ色」とは??最後の行までググらされた。

肌に触れるような空気の質感もまた臨場感溢れるものでしたよ。

そういう意味で総合格闘技的な読書体験を楽しめました。

 

梶井真奈子が男性を複数人殺害して保険金をふんだくった、というところから

容易に読者は21世紀初頭に起きた首都圏連続不審死事件とその容疑者木嶋死刑囚を想起します。

そして確実に重なっていることは間違いありません。モデルとなっていると言っていいでしょう。

でも、本書は別に木嶋死刑囚の何かを引き出したり、彼女に「ついて」のドキュメントでは

全くないと言えるでしょう(本書の解説をされている山本一力氏もその点を指摘しておられます)。

木嶋死刑囚が本書について、自分の姿をちゃんと反映していないというような不服を述べている

ようですが、それは的外れです。そもそも彼女の話などではありません。

これは町田里佳という一人の女性、様々な過去を抱えて生きる一人の人物が、

彼女を取り巻く親友や同僚、家族や異性、そして梶井真奈子を含めた取材対象者との

関わりの中で、新たな自分を見出し、自分のみならず、自分が触れる人々が、

新たな結びつきを生み出し、自分もまた他者と触れ、触れられながら思いもよらぬ

関係性の中に巻き込まれていく、そんな人生をときにはたくましく、ときには息絶え絶えに、

けれども確実に一歩ずつ進む姿を追った物語だと思います。

「自分が何もせずとも、世界が刻々と変化していくことに愕然とする。自分が動かずとも、

周囲で次々に関係が生まれ、複雑にからみあって、どんどん育っていく」(445頁)。

町田里佳はそんな現実に戸惑いを覚えるのですが、物語の締めくくりでは、

そんな彼女の新しいアパートで彼女の知り合いたちが、思いも寄らぬ形で結びつきながら、

同じテーブルを囲んで楽しく七面鳥を頬張る、そんな様子を楽しむようになったのです。

そんな人生の楽しみ方をあなたもしませんか、と柚木さんは招いてくれているようでした。