幸田露伴のご令嬢が樹木を愛でる一冊です。

 

今年の『新潮文庫の100冊』から1冊目。いきなり閑話休題ですが

今年、キャラクターがキュンタ(Qumta)からヨムムに変わりましたね。

何でも本企画は50周年だそうで、おめでとうございます。

ま、キャラクターが変わるのは特段問題ないのですが

昨年まで本企画に伴っておまけに配られていたプラスチックのしおりが

今年はヨムムを模った厚紙のものに変更されていて、

こちらは使い勝手が悪い。

読書中に本からポロポロ落ちるし、

厚紙なので安っぽくて折れ易いし、

そして種類も4つだけ。

あまり大事にしたくならないなぁ。

 

さて、出版情報によれば「昭和七年12月発行」となってますが(んっ?)、

巻末資料の初出一覧には『學鐙』に1971〜1984年に掛けて不定期連載となってます。

さらに言えば©️Nao Aoki 1992となっていて、どゆことでしょか?

本文を読む限り、文章は著者がそれなりに年齢を重ねてから山を登っている様子、

1932年と言えば文女史はまだ若干28歳、ちょっと整合性が。

「あとがき」で佐伯一麦氏が確認していますから、1971年以降の執筆であることは確か。

 

書題が『木』一文字なのは恐らく本書が取り上げる15のエッセーが

すべて立木の樹木を対象にしているとは限らず、

ときには倒木、ときには建材、また場合によっては樹木が立つ環境に

目を向けられているからでしょうか。参考までに;

「えぞ松の更新」、「藤」、「ひのき」、

「杉」、「木のきもの」、「安倍峠にて」、

「たての木 よこの木」、「木のあやしさ」、「杉」、

「灰」、「材のいのち」、「花とやなぎ」、

「この春の花」、「松楠杉」、「ポプラ」。

 

それぞれのエッセーは単発なのですが、互いに関連し合ったりもしていて、

穏やかな連続性も読者の思い巡らしを豊かにします。

「このポプラって、前に出てきたポプラの逸話を思い出させるな」とか。

登場頻度の高い杉を一本とっても、立木の杉であったり、建材となったり、

その生命についての考察であったり、はたまた聳え立つその環境であったり、

実に視線が方々に映る一冊。

木の生命について、とは

女史が必ずしも樹木の生き生きとした活力を愛でるだけでなく、

弱りゆく姿、いのちを失った木、木々の生命に襲いかかる自然災害や人災なども

すべて見渡しているところ。

女史も(失礼ながら)ある程度人生経験を重ね、

山を登るにも樹林に入るにも、様々な人々の介添えに頼らなければならない、

そんな姿もけそっと顕にしています。

自らの生命と樹木のそれとが神秘的に重なるのを味わっているみたい。

dannyさんによる表紙の爽やかなイラストも、

よい意味で「騙し絵」だな、とほくそ笑んでしまいました。

必ずしも「新緑の間から木漏れ日が降り注ぐ中を散策してまーす」だけではないです。

 

それにしてもすごいのは文女史の木々に対する熱量。

生き生きとした立木に限らず、形が崩れてしまったり、老いてしまったり、

倒木に対しても、はたまた伐採されて建材や加工品に姿を変えていった木々にも、

さらにはその木々が芽を出し、育まれていった環境や背景にも熱い視線が注がれ、

しかも深い敬意や思慕の念が溢れ出る、そこまでは付いていけないかな。

やつがれ、本書を読みながら、

本棚の無駄に広いスペースを有効に仕切るために、

木工細工をしている最中なのですが、

使っている木材は何てことはない合板ですからね。

塗布するニスも百均で購入した安価なもの

(Dai○oのニスはいつまで経っても乾かないぞ!

  加えて同店舗で購入した豚毛の刷毛も塗ってる先から固まっていく)。

ね?木に対して畏敬の念は微塵もない。。。

 

そして本書の素晴らしさは日本語です。

幸田露伴氏のご令嬢だというだけでも大いに期待が込み上がりますが、

想像を遥かに越えて、潔くまた凛としたことばの樹林をゆっくりと堪能できました。

この書は160頁足らずの短いエッセー集ですが、

多分麗しい日本語に潤いたくなる度に再読するだろうな、そう感じました。

実際「あとがき」の佐伯一麦氏は終始文女史のことばを称えています。

サマーセット・モームを引用して「いい文章」についての説き明かしを

これでもか、とばかりに綴っています。ものすごい熱量です。

「あとがき」で期待されるヨイショを遥かに越えてきました。

本文で繰り広げられる幸田文女史の木々に対する熱量には、

ちょっとついていけないところがありましたが、

それにもまして一麦氏の文女史に対する熱量は正直引いてしまいます。

 

ちなみに「あとがき」執筆の佐伯一麦(かずみ)氏は、仙台出身の小説家。

本名は亨(とおる)。「一麦」はヨハネ福音書の一粒の麦から来ているのか、

キリスト者なのか、と期待しましたが、

wiki先生によればお好きなゴッホが麦畑を好んで描いたのに由来したそう。なんだぁ。

 

※文庫本、奥付の発行年月日が1932年(昭和七年)12月1日スタートになっている謎、

分かりました(8月1日現在)。

AIモードの検索によるとこれは言うまでもなく本作品の初出年月日ではなく、

『木』というタイトルの随筆が世に初めて出た年月日だそうです。

本書は1971年以降のエッセーを集めましたが、その前から『木』というタイトルの下、

文女史の文章は世に出ていた、ということでしょうね。

こういうとき、AIって便利ですね。