久しぶりに本屋さんで購入しました。

市立図書館で待ってたら、100人待ちの勢い。

これは待っている間に読書意欲がなくなる。

しかもここのところLGBT関連の書物をいくつか読んでいて、

その流れで読まないと多分うまく消化できないだろうな、

そう思った次第です。

帯にある通り本屋大賞ノミネート作品としての話題もあり。

いよいよ来月ですね、発表。

例によってブックチューバさんたちはこぞって紹介してます。

キーワードは『多様性』だ、という触れ込み。

外れてはいないかな。

 

ストーリーは元号が『令和』になった2019年5月1日を目指して、

3つの舞台から何となく動き始めます。

横浜では検事の寺井啓喜が不登校になっている息子泰希を慮っています。

どうやら子どもユーチューバに触発されている模様…

それから岡山では「睡眠欲は人を裏切らない」と言う桐生夏月が、

デパートのテナント店で寝具販売に勤しみ、

また、横浜の金沢八景では女子大生の神戸八重子が学祭の花形、

ミス・コンを潰してダイバーシティ(Diversity)フェスの開催に鼻息を荒げます。

検事の啓喜は息子が何とか再び社会のレールに戻るように願うのです。

犯罪者の背景をよく知るだけに不登校からさらにユーチューバの道を

探り出す息子に危機感を否めず、しかも愛妻がその危機感を同じ熱量で

共有してくれないのも歯がゆいのです。

桐生夏月の方はそうっとしてもらいたいのにズケズケと他人の

心や時間に土足で踏み込む周囲の人々に辟易しています。

そして学祭の実行委員になった神戸八重子は破竹の勢いで、

企画の準備を進め、ゲイのおじさんたちの恋愛を扱ったドラマの

プロデューサーや、学内人気のダンスチームと渡りを付ける活躍ぶり。

ストーリーを牽引するのは検事の息子泰希くん、友人ととうとう

チャンネルを開設。少しずつ集まるコメントに一生懸命応答して

企画をつくり始めます。それを視聴し、コメントやリクエストをする

大人たち。その中にFUJIWARA SATORUのハンドルネームが…

かつて岡山で水道の蛇口を盗み、水が出しっ放しになったままとなる

損壊の罪で逮捕された男の名前。そのとき「水を出しっ放しにする」

ことについて妙な供述をしたことが報道された男。

ここから3つの舞台で別々に始まったストーリーが妙な繋がりを

持ち始めます…

 

読み終わってみて、確かに鍵句は多様性ー『ダイバーシティ・フェス』だけに。

けれども金子みすゞ宜しく『みんな違ってみんないい』という程度の

綺麗事で済ませるはずがありません、朝井リョウが!

かと言って作為的な「解り合い」をも叩き壊そうという意欲作。

いてはならない人などいない、という前提を押して、

「あってはならない感情なんて、この世にないんだから」(346頁)

と言い換えるんです。

そこからスタートして、特定の性欲を否定する「正しい命の循環の上に

いる人たち」(137頁)に挑むんですよ。その勢いには迫力があります。

LGBTQであたふたやってる次元ではなくて、ピードフィリア、

クレプトマニア、水フェチ等々、いくらでもダイバーシティは広がりを見せる。

どうします、これ?

「多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。自分の想像力の

 限界を突き付けられる言葉のはずだ」(188頁)

「幸せの形は人それぞれ。多様性の時代。自分に正直に生きよう。

 そう言えるのは、本当の自分を明かしたところで、

 排除されない人たちだけだ」(214頁)

一方では理解し合おうと迫り、他方では放っておいてくれと絶叫し、

でも明日死にたくはない、と願いながら生きるなら一人ではなく、

と求める人々と、同じ世界で生きていけるのか、と問われます。

鍵は『繋がる』ことに辿り着くと思います。ただ、その繋がりは丁寧に、

心を込めて、そして謙虚になって結ばないとすぐに綻ぶのだろうな、

と感じました。

謙虚、とは人間など所詮許容できることは高が知れているのだから、

推し量ることのできる世界など限られているのだから、

自分の分からない世界については「そうなんだぁ」といって呆気にとられる心。

そう思いました。

 

朝井リョウ氏といえば『桐島、部活やめるってよ』で華々しくデビューを

果たした若手作家さんです。とは言っても未読です…すみません。

2021年『新潮文庫の100冊』には直木賞受賞作品『何者』が挙がっていましたが、

今回は『正欲』を読むことにしました。