こんばんはーおひさしぶりです

こんばんはなかなか機嫌がいいです。

見返してみると地震以来初めての更新です。

いつの間にか自粛してたんでしょうか。

今日は約束通りローリングストーンズの話です、

面倒なんで曲の話は簡単にすまします。


にしても地震の話題はつきません。
あれだけの方が亡くなって本当に、なんていったらいいんだろうか。
この悲しみは誰にも表現できないですね。

あの日以来、僕も新聞やらニュースやらネットやらで、色んな人の気持ちをのぞいてきました。

このブログで、不謹慎なことは言いたくないし不謹慎厨にもなりたくないです。
ただ言いたい事を言わせてもらいます。

いろいろ見たけど、共感できることはほとんどなかったです。
最初こそ自分もだいぶ動揺してたみたいで、想いもしない事ばかり口にしてたかもしれない。

一つ、とても共感できた言葉をツイッターとやらで見つけました。

それは「僕たちの目の前にある現実は、問題ではなく答えだ。」という言葉です。

ありがちな、良い事言ってやったぜ的な言葉に見えるかと思います。

けど僕ははっとしました。そうだな、答えばかりだ。

皆さん、被災者の方々のために募金や支援を行いましたか?
被災者の方々の事を毎日心配していますか?


募金もしてないし、思ってないと言うあなたに言う。
別に良いんじゃん?

募金活動をする学生の前を、心苦しい気分で毎朝通勤する人。
被災者の方のために募金をしたい。
けどこんな駅前で、人の目も気になるし、本当に信用できる募金活動だろうか。

良いんじゃない?したくないなら。信用できないなら。
非国民とののしられても、自分がしたくないならしなくていい。

他の人の意見が、何の意味を持つんだろうか。
これは、僕が被災者の人に関心がないとか、風評被害を起こす人の擁護をしようとか、そう言う話ではない。
僕がどうこうではない。

今この現実に問題があるとしたら、それは全て、僕たち個人の問題なんだ。
社会にあるものは答えしかない。その答えを見て、僕たちがどう行動しようがかまわない。

反社会的な事をすれば、社会から非難されるだろう。
社会的な事をすれば、賞賛されるだろう。
1と1を足せば、2になるだろう。

そういうことじゃないか。
世界は君のモノで僕の全てだ。

本当に被災者の人を思ってではなくて、社会的に白い目で見られるのが怖くて、募金する。心配してるフリをする。社会の味方にいるつもりでいる。

被災者の人にとっては、偽善だろうがなんだろうが支援なら嬉しいと思うよ。

そんなことで、僕の世界はどう変わるのだろう。
今しかできない支援もあるが、実力も金もない今は、将来できうる支援の形を考えながら、黙って募金箱の前を通り過ぎる。そんな人もいるかもしれない。

何かを強要されるべきだろうか。
「社会にはこんな大きな問題があるのに、なぜ協力しないんだ!」

社会の問題と僕個人の問題と、どちらが大きいのだろうか。
本当に人のために何かをしたいと思う人、本当に人のために行う事がそれ以上の幸せとなって自分に受け取れる人こそ、支援をしよう。声を上げよう。それは素晴らしい事だ。

俺は社会の問題に興味がないね。今日も金を稼ごう。
それも素晴らしいじゃないか。ただ、社会の敵であって俺の敵でもあるけど。

ボランティアを行う全ての人に理解してほしい事。
誰かのためにと思い行動を起こす人に理解してほしい事。
それは「自己満足」ということ。

自己満足以外の慈善なんて、吐き気がするね。
人のため=自分のためという事を良く理解してほしい。
いや、今更こんな事を言うのは本当に今頑張っている心の貴い人に失礼かもしれないが。

僕たちは何のためにこれからの人生を生きていくんだろうね。簡単でしょ。

今日紹介するストーンズの曲は、僕の言いたい事をよく言い表してくれていると思います。
1974年に発表された「It's Only Rock'n'Roll」というアルバムの「Luxury(快楽の奴隷)」という曲です。

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この曲は、ストーンズが初めてレゲエの要素を取り入れた曲として当時少し話題になった程度の、なんてことないアルバム曲です。

このアルバムは、そもそもあんまり評価が高くなくてがっかりです。すごい名盤なのに。
2曲目のテンプテーションズカバーとか、シンプルなロックンロール「Dance Little Sister」も大大好きだけど、なんと言ってもこのレゲエ風ナンバーにやられました。

歌詞はこうです。

イカした車も欲しいし
マイアミまで飛行機で行きたい
ラム酒も浴びるほど飲みたいし
ウィスキーもたんまり欲しい
妻には新しいドレスを買ってやりたいし
娘は学校に行かせなきゃならない
俺は会社のために一生懸命働いてる
お前に贅沢させようと一生懸命働いてる

週に7日も働いてるのに
俺の事を怠け者呼ばわりしないでくれ
テキサス野郎は100万ドル稼ぐのに
俺はたったの20ドル
金の指輪も欲しいし
リムジンにも乗ってみたい
俺は会社のために一生懸命働いてる
お前に贅沢させようと精一杯働いてる

いいかい、俺は誇り高い男さ
通りをふらついてる乞食じゃない
お前に貧乏させまいと一生懸命働いてる
お前に贅沢させようと精一杯働いてる

懸命に働いてるのさ
精一杯働いてるのさ
もっともっと
働け働け

時々、考えてみる事があるけど
ひどく奇妙な話じゃないか
世の中の半数の人間は文無しで
残る半数の人間は燃やすほど金を持ってる
妻には新しいドレスを買ってやりたいし
娘は学校に行かせなきゃならない
俺は会社のために一生懸命頑張ってるんだ
そうさ、精一杯頑張っているんだ

日曜には精製所で働いてるんだ
なのに、テキサス野郎は100万ドル稼ぎ
俺はたったの20ドル
ラム酒を浴びるほど飲みたいぜ
だけど、俺には責任がある
お前に貧乏させまいと一生懸命働いているんだ
俺は会社のために一生懸命働いているんだ




この曲を聴いて、ストーンズはこんなまじめな曲も歌うんだ、がっかりって思った人と、
ストーンズなりに中流階級を生きる男を皮肉った曲だ、って思った人がいたらしい。

俺は断然、後者だと思う。ストーンズは上流階級だしね。

なんて愚かな男なんだろう。
良い事だと思う。会社のために、家族のために、贅沢するために一生懸命頑張る。

けどこいつは何のために生きてるんだろうね。
誰のため?

不満ばかりたらすくせに、誇りばかり高くて。
俺はこんなにまじめなのに、どうして報われないんだろう。みたいな。
まじめだから報われないと気づかないのだろうか。

何に対してまじめなのだろうか。
娘は学校に行かせなきゃならないのだろうか。行かせてあげたいのだろうか。

そうだ。やってることは間違ってないよ。
たしかに、素晴らしいバイタリティーだ。尊敬に値する。
けど、何の責任があるんだろうか。

どうしてこんな人生を選んだんだろう。

生きるという事が、最後に誰に行き着くのか、もう一度考え直す曲。


そろそろホントに俺が好きな事を書きたいと思った。
これは持論だとかそんな控えた考え方じゃない。俺はこれが正しいと思って生きてるから、それをただ示すだけだと思った。

このブログを始めたのは、音楽知ってる自慢でもないし皆の日常に新しい音楽の出会いを提供したいとか感想を共感してほしいとかそんな話じゃない。

自己満足とかエゴとかいう言葉で森羅万象あらゆることを片付けてしまうのはつまらない事だ。

自分の文章力の拙さでは自分の思う事の全ては表せないし、そもそも言葉で表現できるもののなんて少ない事だろうと思う。

人が一生のうちに誰かと全ての考えを共有することは、たぶん無理だ。自分にもわからないことが心を漂ってる。

何かを語る事の愚かさや難しさ。でも心は人と繋がりたいと願ってる。

語るという行為が矛盾を拒むものなら、僕は一生何も語れない気がする。

シリアスでいることもコミカルでいることも語る上では物足りない。

ロックンロールを語るなんて事をしたくはない。

いままでの日記で書いてきた通り、自分はこの21年間、音楽を聴く事を趣味に、生き甲斐にしてきた人間です。

この趣味をなくしたら相当に味気ない人間だと思う。

本当は趣味だとか生き甲斐って言葉では表せないと思ってる。
音楽を聴く時に自分が常に考えてるのはロックンロールのこと。

ロックンロールがなんなのかなんてのは自分にはわからない。
きっと僕の一生をかけてもわからないし、そんなスケールのものじゃないと思ってる。
「自分にとってのロックンロール」なんて言葉も嫌なんだ。きっと誰かにとってだとかそんなものじゃない。

ああ嫌だ嫌だ!こんなにシリアスに書いたら後々恥ずかしくてたまらないだろうな。

ロックンロールがなんなのか、自分にもなんて言ったらいいのかわからないんだから、読んでる人にはもっとわからないだろう。わからないことを話すから、話もまとまらないけど最後まで読んでもらえたら嬉しい。




自分は両親がわりと音楽に興味のある人だったから、小さい頃から音楽を聴くのも歌うのも趣味だった。

生まれた時にはステレオがあったし、小2ぐらいの時にはMDなんかに録音して音楽聴いてた。

普通にその時に流行ってるようなのからちょっと古いのから。スマップとかTMレボリューションとかユーミンとかミスチルとかGLAYとかスピッツとかB'zとかミーシャとか誰もが知ってるの。

小さい頃の趣味は本当、ゲームと漫画とテレビと音楽とサッカーと、とにかく遊ぶ事ぐらいだったと思う。

小さい頃はただまじめに生きてたなあ。坦々と過ぎる人生になんも疑問もなかった。人一倍正義感が強い自信があった。あの子供だけのまじめさが今は一番恋しい。

音楽の授業も好きだったし、中学あがる時はサッカー部じゃなくて吹奏楽部に入ろうかななんて思った事もあった。

中学の時はなんとなくサッカー選手になりたいと思ってた…いつの間にか人生体験談みたいになってるけど最後までつきあってほしい笑

勉強を頑張る事にもなんの疑問もなかった。頑張れば将来楽しい思いができると大人は話す。
それとは関係なしにしても、なぜ周りが勉強できないのか不思議で仕方なかった。
勉強なんてたいしたことないじゃん。始めるまでは嫌いだけど始めてしまえば案外面白い。
頑張ること。なんで皆は頑張って自分を高めないのかぐらいに思ってた。

音楽は、レンタル屋に自分で足を通わせるようになってから聴いてるJ-POPの種類も増えた。
皆が知らないバンドを探したりとか。そのとき一番ハマってたのはラルクだった…恥ずかしがらずに言ってしまえばかなりハマってた。

毎日学校に行く前にちょっと聴いたり、寝る時に聴いたり、とにかく家にいる時は常に聴いてた。音楽ってやっぱいいななんて思ってた。元気が出る。活力になる。自分の心を歌ってくれるような歌詞。
周りにも何人か同じ音楽にはまってる友達がいた。

中二のある日、隣の駅のゲーセンまで遊びに行ったとき、たまたまその友達何人かにあった。
何してるのか聞いたら、何やらドラムのゲームをやりにきたみたいで、スティックとか持ってた。
そのとき「俺たちバンド組むんだよね、お前もベースでやらない?」って誘われた。
内心興味はあったけどなんか恥ずかしくて断った。バンドってなんかカッコツケがするみたいだったし、毎日顔を合わせる部活の友達とそんな恥ずかしい事できないとか思った。
けど本当は自分で音楽がやってみたかった。もう毎日同じ音楽を聴くのも歌うのも飽きてきてた。自分はまわりよりもっと音楽が好きだってことに自信があった。

そのころ自分の中で優先順位が変わった。サッカーのセンスが自分にない事は気づいてきてたし、音楽の方がサッカーより面白いと思った。高校に入ったらサッカー部に入ろうか軽音楽部に入ろうか悩んでた。
その後、なんて言ってバンドに入れてもらったか覚えてないけど、中三の時にベースが何なのかネットで調べて、父に頼んでベースを買ってもらった。そしてようやくバンドに入れてもらえたけど、まだスタジオに入るとかバンド活動らしいことは全くしてなかった。

その頃には洋楽なんかも少しずつ聴き始めてた。
最初は洋楽もカッコツケというか調子乗りというか、おませちゃんが聴くもんだと思ってた。歌詞がわかんなくて何がおもしろいんだと思った。
俺は洋楽を聴きだした兄貴の気が知れなかったけど、その演奏というか音に自分もハマりだした。
リンキンパークとかリンプビスキッズとかエミネムとか。あとはSum41とかGreen Dayとかね。

洋楽聴くまでは音楽に大切なのは歌詞とメロディーだとか思ってたけど、どうやら伴奏もただの飾りではないことに気づいた。かっこいい上手な伴奏が必要なんだなとか思った。笑えるけど。

その頃、同じ塾に通ってた友達がパンクロックにハマってた。
セックスピストルズってバンドがなんか観客と戦いながら血まみれで演奏して2年で解散して…とか楽しそうに話してきた。ギャグみたいな音楽と思ってた。でも共通にハマってたグリーンデイの話とかはした。

同じバンドの友達もニルバーナが~とかディープパープルを給食の時間に流そう~とか何やら俺の知らない音楽の話をしてた。

自分も少しずつ関心を寄せてったけど、あんまりピンと来てなかった。バンドをするとバンドっぽい曲を聴きだすんだななんて思ってた。

そういういわゆるロックの音源を、俺は大して持ってなかったけどネットで調べたり携帯でダウンロードしたりしてた。本当に少しずつ興味を持つようになった。パンクロックには何やらメッセージが秘められてる事も知った。

まじめに勉強して無事に志望してたそこそこ偏差値もある高校に入学した。塾の友達も同じ高校に進学した。
そこはサッカーも強い高校だったけど、自分の中ではもう音楽をやる事に決めてた。

高校に入った4月、好きだった子と別れた。始めての失恋はその時は本当ショックだった。もう自分はその子と結婚するんだぐらいに思ってたから。
同じバンドのやつらは違う高校になった。学校が違うのにバンドができるのか、友達がいないのが不安だった。

せっかく志望した高校に入ったのになぜかあんまり嬉しくなかった。なんでかわかんなかったけどそういう事が原因だったんだと思う。

同じ頃、オリエンテーションで早く終わった高校の帰り道に、そのパンクロック好きの友達からセックス・ピストルズのCDを他のバンドのCDと一緒についに借りた。
すっと噂には聴いてたパンクロック。自分でもいろいろ調べたりしたけど、ちゃんと聴いてはなかった。ようやく聴ける。

その時に聴いたピストルズが初めてのロックンロール体験だった。

なんなんだこれはって思った。
きっと今だから美化してるところはあると思う。聴いた瞬間にわかったんじゃない。

何回も繰り返し聴いてるうちに、すごい衝撃を食らった。

「自分の中で何かが音をたてて崩れだした」なんて小説とかでよく出てくるけど、本当にそういう体験だった。

甲本ヒロトがロックジェットで同じような体験を語ってたけど、自分も全く一緒だった。
全身を電気が走る…みたいな。うわあああああって泣き叫びたくなった。

今までの音楽と全然違う。というか今まで聴いてたのはただの音楽だったんだなって思った。なんでもないただの音楽。


セックスピストルズはこう歌ってた。

俺は反キリストだ。俺は無政府主義者だ。
欲しいものはないが、あれば必ず手に入れるぜ。
行き交う奴らをぶっ殺したいんだ。
俺は恋をしたんだ、自分にな。
他人なんかにゃ無感動。わかってたまるか。
英国が夢見てる間は、英国に未来なんかねえ。
嘘嘘嘘!嘘ばっかり!
おいアバズレ、俺は畜生じゃないぜ。
俺たちは美しい、ぼんやりなんだ。

歌詞が暴力的でも、演奏が整ってなくても、上手に歌えなくても、曲がメロディアスじゃなくても、最高だった。
そんな要素は関係ないんだ。この衝撃に比べればそんなんくだらない。

素晴らしい音楽ってそんなことじゃない。素晴らしいのって音楽であることじゃない。

今までの自分の人生ってなんだろうって思った。何となく勉強もサッカーも頑張って、そこそこの高校に入って。自分で本当に何かを決めた事なんてなかった気がした。

これなら世界が変わると思った。クラッシュのジョー・ストラマーはこう言ってた。
「音楽は世界を変えると思う。音楽が変わると、世界も変わるのさ。」
「俺たちは世界を変えたいんじゃない。世界はどうせ変わらないという人々を変えたいんだ。」
その通りだと思った。だって俺の世界は完全に変わったから。

生きるってこれだと思った。自分の人生はこれがいいって。これをやっていきたいと思った。

その時はこれをロックンロールと言うことすら知らなかった。単純にパンクロックだと思った。

それから色んなロックを聴き始めた。パンクロックもたくさん聴いた。

そしたら、こういう事をやってるのはパンクロックだけじゃないってことに気づいた。
ローリングストーンズを聴いた時にも同じ感じがした。
ブルーハーツを聴いた時も同じ感じがした。
ジミヘンのギターにも、リトルリチャーズのシャウトにも、エルビスの危なっかしさにも、AC/DCのストレートさにも、ツェッペリンのグルーヴにも、ディランの言葉にも、ジョン・レノンの思想にもあった。
程度は違っても、同じ体験。

俺は最初に体験したのがピストルズだったから、あの反社会的な歌詞が、英語が、ロックンロールの種だと思ったけど、そんな事はなかった。ブルーハーツも、ラモーンズも同じパンクだった。種も仕掛けもなかった。

そのうちロック以外にもそれがあることを知った。ソウルシンガーの咆哮に、ブルースの痺れに、レゲエの怒りに、ファンクのパワーに、ジャズの狂乱に。

最初の衝撃がまぶしくて、どこが光ってるのかわからなかったけど、どこが光るなんていうことじゃない。


ロックとは?なんてくだらないと思った。とても語れない。
音楽でも言葉でもアティチュードでも生き方でも初期衝動でも見た目でもギターでもグルーヴでもスピードでもパワーでも悪でも正義でも経験でも物差しでも歌声でも売り上げでも黒人文化でも歴史でもかっこよさでも男でも若者でもならず者でも感動でもない。

ヒロトも言ってたけど、ロックンロールはやり方じゃない。ゴールはただ一点。

ロックンロールに共通して存在するキーワードなんてない。

わずか2年程で解散したセックスピストルズと、50年も活動を続けるローリングストーンズと、どっちがロックンロールか。俺はどっちも同じだけロックンロールだと思う。

全てのロックンロールに共通する項目なんてないと思う。

けど自分には、バンドがどれだけロックンロールしてるかはわかる。全てを言葉では説明できないけど。

ロックと名乗る全くの偽物がたくさんいる。
あるいは少しはロックンロールをやるけど、たいしたことない奴らもたくさんいる。
中途半端なロックバンドが。

自分は皆がロックンロールと全く関係ない音楽を聴いて楽しむ分にはかまわないと思ってる。
けどそういう偽物のロックを聴いて、ロックンロールのフリをされるのは許せない。
自分にもわからないものなのだけれど。

自分の周りでロックンロールを知ってたのはバンド仲間とかバンド友達だけだった。
バンド仲間は皆ほとんど同時にロックンロールを聴き始めたし、皆で手探りで探した。
皆で、これはいい、これは違うって語った。バンドだけが楽しみだった。

親にも昔からの親友にも高校でできた友達にもわからないことだった。
俺が周りに理解してもらおうとも思わなかったのが良くなかったのかもしれない。
けど本当は理解してほしかった。一緒に話せる友達がもっと欲しかった。
けどなんて言えば良いかわからなかった。そんな糞みたいな音楽聴いてんじゃねえとは言えなかった。
そんなことで言い争っても仕方がないと思った。カラオケで皆に合わせて嫌いな曲を歌うのもストレスだった。

自分に起きた体験を話したら誰もがわかってくれるとは思わなかった。ロックンロールを知るにはタイミングがあると思った。だから15で出会えた自分はラッキーだったとも思ってた。
だからそれとなくバンド名を出したりCDを貸したりした。

そんな感じで高校でも大学でもいつもちょっとした疎外感があった。バンドやるために本当に学校をやめようと思ったこともあったけど、すごくいい友達ばかりだったから、おかげで学生生活を楽しめた。友達にロックンロールも糞も関係なかった。
それぐらい良い人、楽しい奴らだったけど、自分の核心であるロックンロールだけは一緒に語れないのは少しフラストレーションがたまる日常だった。
自分にとっては学生生活が現実で、帰ってロックンロールを聴いたりやったりするのが理想だった。

でもやっぱり友達にロックンロールを共感してもらうのは違うと思った。言葉やCDだけでこの体験を話すのは少し難しいと思った。自分でロックンロールをやるしかないと思った。

バンドが実質解散状態になって、ギタリストを探した時にも苦労した。

フーやストーンズやビートルズやキンクスみたいなビートバンドをやるからロックンロールなギターを弾ける人求む!みたいに募集をかけた。

それだけじゃ全然だった。恥ずかしながら歌う奴とか、ただビートルズだけが好きだってやつとか、本当にロックンロールが好きなのかって疑う奴ばかりだった。

俺はこのときにルックスの大切さを痛感して周りの奴らにも散々話したけど、俺がバンドにルックスが重要だと言ったのは、なにもイケメンである必要があるってことじゃない。むしろメンズノンノみたいな服装をしたイケメンだったら逆に疑うね。どんな服装でも俺を納得させる見た目ならいい。
ギャル男みたいな奴とか秋葉系みたいな奴がきたら断るだろ?俺にとってのイケメンはカート・コバーンみたいな顔立ちの事じゃなくて、キース・リチャーズとかジョー・ストラマーみたいな出で立ちのこと。

けど一回、やっと良さげな人が加わった時があった。
ロカビリーバンドをやってたみたいで、ビートルズが好きで、パブロックやパンクロックにも詳しかった。

これならいけるかなと思ったけど、オリジナルの制作の段階でつまずいた。
カバーをやるといい感じなのにその人のオリジナルは全然ロックンロールじゃなかった。
「もっとこうストーンズみたいに土臭くというか…」って話したら「あんまりストーンズは好きじゃない」って話しだした。
こいつじゃダメだと思った。
「清志郎も、Dr.フィールグットも、ビートルズも、マディも、ブルーハーツも好きです。ただローリングストーンズは好きじゃないです。」
意味が分からなかった。

ストーンズが好きじゃないなんて言うのはロックンロールが好きじゃないってことだと思う。
どんなに他の良いバンドを好きでも、ストーンズを知ってて嫌いというならそれはその人にロックンロールはわからないってことだ、それぐらいに俺は思ってる。
でなきゃまだストーンズを知らないか。
その人には改めてストーンズを聴かせたら「ちょっとかっこいいかも」なんて言い出した。
案の定、ストーンズをちゃんと知らないだけの人だった。
けどストーンズを今から知ってもらうんじゃ遅いと思ったから結局抜けてもらった。

どんなマイナーなバンドを知っててもストーンズが好きじゃないなら、俺はその人にはロックンロールは合わないと思ってる。

もちろん、どのバンドがその人にとって初めてのロックンロールの体験になるかはわからない。
俺は今だからどんなバンドがどれだけロックンロールと言えるバンドかわかってきたけど、それでもまだ知らないバンドがいたり誤解してるバンドがあると思う。

だからこのブログではなるべく多くの音楽を紹介してる。中には全くロックンロールとは関係ない音楽もあるけど、俺はロックまがいじゃなきゃ好きな音楽はたくさんある。
本当に俺がロックンロールが好きなら、その自分のお気に入りのロックンロールとやらから紹介すればいいものだけど、本当に好きな音楽ほど自分には語りづらい。なんて伝えていいかわからない。

本当は、ちっともロックンロールじゃないロックバンドを馬鹿にして、そのくだらなさを延々と吐き捨てるように解説して、嘲笑してやりたいけども、そのやり方はロックンロールが何なのかを示せるものじゃないと思った。

そう、大嫌いなヴィジュアル系とかロキノン系とかパワーポップだとかエモだとかスクリーモだとか西海岸系メロコアとか馬鹿にしたいんだけど、それはロックンロールってこうだよって言う事には繋がらない。
それに嫌いなジャンルにはまだ知らないだけのバンドが多いし。まあ知りたいとも思わないけど。
なんだよガレージリバイバルって。たかだかリバイバルが元祖ガレージバンドよりロックンロールできるのかよ。
なんだよUKロックって。ストーンズとかモーターヘッドもUKロックだろ。
ロックンロールってそうやって毒を吐くものでもあると思う。ヒロトも言ってたけど「お前ジャニーズなんか聴いてんだったらあっち行けよ」みたいな。

けど少しでも自分の誤解を減らそうと必死だから、色んな音楽を聴いてる。でも本当は正真正銘のロックンロールバンドに比べれば、グレーな立ち位置のロックなんて大した事ないと思ってる。

なんども言うけど、本当にロックンロールを皆に理解してもらうには自分でやるしかないと思ってる。
全ての音楽を、自分は常にロックンロールと照らし合わせて聴いてる。
ロックンロールじゃない音楽を聴けば聴くほど、俺は増々ロックンロールが好きになって、ロックンロールのことがわかってきた気がしたから。
だからブログでは、その自分の音楽との出会いを書いて、自分自身に深く認識させてる。

本当にロックンロールをしてるバンドを探してる。本当にロックンロールを語れるバンド仲間を捜してる。
俺ぐらいの年の、本当にロックンロールをやりたいって友達が俺の前に現れないかな。


次回はストーンズの話を頑張ってしようと思う。
今日はスカ、ロックステディに続いてレゲエの話。レッガエね。

ジャマイカの音楽をまとめてレゲエと言う事もあるし、ヒップホップとか現代の音楽の影響を受けて育ったダンスホールレゲエをさす事もあるけど、今日話すのはルーツロックレゲエ。

またまた特に詳しい訳ではないんだけど、ボブ・マーリーはハマりすぎて生前のメジャーアルバム全て集めたぐらい本当に好きなミュージシャンだから、ボブを中心にレゲエを語ります。


初めてのレゲエ体験がなんだったか覚えてないけど、たぶんクラッシュのレゲエナンバー。
本格的にレゲエ、というかジャマイカ音楽を意識し始めて、はまってた曲はストーンズがブラック&ブルーでカバーしたこの曲だった。



エリック・ドナルドソンって人が原曲らしいけど、この頃のストーンズは相当レゲエに没頭してたみたいで、オリジナルソングもレゲエ風のものが多い。

これを高1の時に聴いてはまって、ストーンズはこんな曲もやるんだーかっこいいなとおもった。
色んなロックを聴くうちにどんな雰囲気の曲をレゲエというかわかってきてた。

高2でJBのファンクにハマったときに、もっといろんなグルーヴがあるんじゃないかなと思って、ただなんとなくレゲエの代表者であるボブ・マーリーの、なんとなくかっこいいジャケットのアルバムを買ってみたら、めっちゃくちゃかっこよかった。

いままではただの能天気な音楽だと思ってたけど、本当は戦う音楽だったんだって、そのとき初めて知った。



Bob Marley & The Wailersの名盤『Burnin'』の1曲目、「Get Up, Stand Up」の歌詞和訳を載せます。

起き上がれ、立ち上がれ。
権利のために。
起き上がれ、立ち上がれ。
戦いを投げ出すな。

牧師よ、でたらめを言うのはやめろ。
天国が大地の下にあるなんて。
お前は人生の本当の意味を
ちっともわかってないんだな。
輝くものは黄金だけではないのさ。
あらゆるものに、両面というものがあるんだ。
光が見えたのだから
権利のために立ち上がれよ。

多くの人はこう思ってる。
偉大な神がいつか空から降りてきて
あらゆる障害を取り除いて
皆をハイにしてくれると。
だけどもしこの人生の本当の意味を知ったなら
皆この地上で神を見つけようとするだろう。
光が見えたのだから
権利のために立ち上がれよ。

死んだらイエスのもとに召される。
こんな安易な戯れ言はもううんざりだ。
俺たちは皆理解している。
全能の神だってただの人間なのさ。
時に何人かの人々を騙せても
いつまでも民衆を騙す事はできやしない。
光が見えたのだから
権利のために立ち上がれよ。


長々と書いたけど、つまり言いたかったのは、レゲエはレベル・ミュージック(反抗の音楽)だ。
ってこと。
本格的に聴く前は炎天下の海で姉ちゃん俺の波に乗らないかいヘイとか俺のダチ俺の家族皆に感謝だぜいえあみたいな事を歌ってるのかと思ってた。

もちろん80年代ぐらいになるとそういう歌詞のダンスホールレゲエが流行るし、日本のレゲエでそう言う事歌ってるバンドもいるみたいだけど、俺が衝撃を受けたのはこの重厚なリズムに乗って打ち出される熱いメッセージだった。
この反キリストともとれる歌詞。パンクロックや古いR&Bで感じた、現実を見つめた等身大のメッセージ。それから地底へとどこまでも突き進むような暗い暗いメロディ。

この曲は例としてのせたけど、他にもたくさんのメッセージソングがある。

前に紹介したスカやロックステディと違うのは、ラブソングからかけ離れたポリティカルな一面だと思う。

レゲエにおいて重要なラスタファリ運動について話そうと思う。
スカやロックステディではまだ国の独立を祝う雰囲気が強かったけど、自分たちの生活はいまだに苦しく、殺伐とした社会で暮らしてた。

そこでジャマイカに吹き荒れたのが、ラスタファリ運動という宗教のような思想運動のような活動。
ジャマイカで暮らす人々のほとんどは、奴隷として連れて来られたアフリカンの祖先であった訳で、その奴隷たちは同じアフリカの民族としての団結を深めた。いつの日かアフリカへ帰ろうと。
1910年代に活動を始めたマーカス・ガーベイ「アフリカを見よ。黒人の王が戴冠する時、解放の日は近い」と予言を残し、間もなく、アフリカでも植民地化を逃れてきたエチオピアで黒人の皇帝ハイレ・セラシエ1世が即位する。

このセラシエをジャー(神)の化身とし、マーカスガーベイを予言者、エチオピアをザイオン(聖地)、欧米文化に染められたジャマイカの社会をバビロンとし、いつかバビロンから抜けてザイオンへ帰ろうという考えが昔からジャマイカの貧困層で信じられていたと。

そうしてラスタファリ運動はジャマイカのゲットーでスカなんかを聴いてた若者にも流行して、いよいよレゲエで音楽にも影響し始めた。

よくレゲエの人がドレッドヘアで髪を伸ばすのは、ラスタファライの教えで、自らの事を、例え髪の毛でも傷つけてはいけないから。
赤と黄色と緑と黒を身にまとってるのは、ラスタファライにおいてジャマイカの独立のために戦った黒人戦士の黒、戦いで流れた血の赤、ジャマイカの自然の緑、ジャマイカの国旗の太陽を象徴する金色からとられてるから(あるいはアフリカにおいて)。なんだって。

やっぱり宗教も音楽において欠かせない要素になってる。ただラスタファライはただの宗教とどこか違う気がする。大麻は神聖なものとして許されてるし、菜食主義を貫かなければいけない。
かなりジャマイカ人の暮らしに根付いた宗教なんだな。今ではジャマイカ人の5~10%ぐらいしかいないらしいけど、世界中にたくさん広まった。ボブ・マーリーを含めたいろんなレゲエアーティストのおかげでね。
逆に全ての人がラスタファライでもないし、グレーな立場の人もいる。

レゲエが世界に浸透したのはなんでだろうね。
一つはアメリカが近いから。もう一つはやっぱそもそもアメリカの音楽の影響が大きいからかな…。
エリック・クラプトンやキース・リチャーズを魅了した妖しい音楽。

まだ自分も深くは知らないから、皆さんにはオススメの曲を少しだけ紹介して終わりにする。

Max Romeoの1976年の名曲は聴いてほしい。



このイントロのギターにしびれる!!フレーズがいい。

でもボブが81年に死んでからは、ポリティックなレゲエは少しずつ廃れる。
クールランナーって有名なボブスレー映画の主題歌はみんな知ってるかもしれない。



スカの時にも紹介したJimmy Cliff。他にもキースがカバーしたハーダーゼイカムとか有名な曲もあるけど、紆余曲折な人生を送ってこのカバー曲で再びヒット。

だいぶ尻つぼみになったけど、自分にとってのレゲエの魅力はやっぱり低音にあると思うな。
どこまでも低く鳴らすベースに、はねないドラムで刻んで行くリズム隊。

思わずボブ・マーリーみたいに踊りたくなっちゃうね。