
こんにちは。
みおです。
娘はキリスト教の学校に通っています。
入学式にこんな話がありました。
「あなた方は神に選ばれて今、ここにいます」
娘はびっくりしたそうなんですよ。
がんばって勉強して受験したのにって。
私は自分もキリスト教の学校に通っていたので、
しっくりきました。
世の中には
「手に入れるもの」と「手に入るもの」があって。
(もちろんたくさんの「手に入れられないもの」「手に入らないもの」もあります)
「手に入れる」は自分の努力や頑張り。
「手に入る」はもっと自然なもの。
この世の中には自分の努力だけではどうしようもないことがあって、
どうしても手に入れられないものがある。
それは本人の責任ではないのだと思う。
手に入れられなかった自分も環境も受け入れてどうするかは本人の責任だけれども、
「努力が足りない」と責めるようなものではない。
「手に入る」はもちろん努力もあるけれどももっと自然なもの。
努力のその先に入ったものに対しても、
「手に入れた」と思うのと「手に入った」と思うのでは大きく違うと思います。
「手に入った」ときのほうが、他に対して感謝の気持ちや謙虚になる心持になります。
「手に入れる」は頑張った自分に対する満足。
「手に入る」は差し出されたことに対する感謝。
神に選ばれてここにいる…は驕り高ぶるなということも多分に入っているのでしょう。
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