こんにちは。
みおです。
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過去記事の整理をしています。
今日は、過去記事をリライトしたものです。
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昨日、自転車に乗って買い物に行きました。
帰り道、少し前をおばあさんがゆっくりと歩いていました。
そして、向かいから自転車に乗った男の人がやってきました。
おばあさんが歩いているので、
わたしかその男の人かどちらかが自転車をとめるか、
ゆっくり運転するかしてよけないと、
すれ違う時におばあさんとぶつかってしまいます。
一瞬、わたしはこのままいっちゃえばいいや!と思いました。
こっちがこのまま行けば、
相手がゆっくりにしてくれるのではないかと。
「イケイケドンドン」状態。
そして、その瞬間、
男の人は脇によけながらゆっくりと運転してくれました。
なので、わたしはそのままおばあさんをよけて自転車を運転。
おばあさんを追い越して、
その男のひととすれ違う時会釈だけしました。
男の人がゆっくり運転してくれた瞬間に思いました。
「あ~、わたしはつまらない争いをしたなあ」と。
わたしの中に「争いの種」みたいなのがまだまだあるんですね。
本当にしょうもない(笑)
「つねに自分の心を一瞬一瞬見るように。
そしてそれらの感情をどんどん流していくこと。
観察すること」
と何年も前から師匠に言われ、
できるだけ実践してきました。
なかなかうまくいかないことも多いのですが、
これも「争いの種」だと気づけたのは
そのおかげかもしれません。
一部のスポーツも、勝った、負けた、
とやるのは争い。
オリンピックイヤーには、
紛争や天災が多いという話を聞いたことがあります。
(実際にわたしが調べてはいないので、確証はないのですが)
現在もコロナが流行っていますね。
まわりにいる人を見ていると、
自分がやらなくとも見るだけでも
勝った負けたに一喜一憂する人は
「負債」のようなものを溜めているのではないか?と感じます。
勝ち負けって「相手をやっつける」気持ちがありますものね。
それが現象化してしまったのか、
よくない出来事としてあらわれている人もいます。
スポーツ好きでも、勝敗で一喜一憂するのでなく、
スポーツやゲームそのものを楽しむのはまた別。
その場合は「やっつける」気持ちはないだろうし、
負債も溜まらないでしょう。
勝ち負けにこだわるということは争う気持ちがあって、
それが自分に跳ね返ってくる。
自分の中の「争いの種」に気づいて、
減らしていきたいものです。
それが自分にとっても、
周りにとっても幸せにつながる道だと思っています。
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