前回のBクリニックでは、2回目の双子が残念な結果になってしまったところではなしが終わってしまいました。
その年の12月25日に妊婦健診で元気に動く双子を確認したころ、住んでいたアパートの立ち退き要請があり、私たちはどうするか考えなくてはなりませんでした。
双子を育てる大変さからも、近所にある私の実家の2階部分をリフォームをすることで話が進みました。
そして12年勤めた官公庁も次の3月までで終了と決まっていました。
年が明けて1月の健診で胎内死亡が確認されてからは、悲しみに暮れてはいたもののやることもたくさんあったので、気は紛れていたのかもしれません。
4月末に引越を終えたのですが、家も失って仕事もなくなって、妹は毎日毎日昼も夜も1歳の姪と4歳の甥を連れて1階にやってきてやかましいので、居場所はあるのに、どこにもない状況。
心も体もぼろぼろで、ずっと下痢が続きました。
市販薬はどれも効かないので内科に受診すると精神安定剤を処方されました。
自然で授かれるといいな~と願いつつも叶うことはありませんでした。
今から考えると、あんなひどい状態で授かるほうがおかしいですね。
10月になって、もう不妊治療でお願いするしかないというところまできましたが、リフォームで多額のお金を使ってしまったし、ローンもあります。
Bクリニックに戻るべきか、別の病院にするべきか毎日眠れないほど悩みました。
Bクリニックは採卵に約50万円、移植に30万円かかります。
思い切って母親にお金が借りられないかきいてみました。
が、1円も貸してはくれませんでした。
甥や姪にはたくさん使っているのに。
まだ生まれてない子にお金を使うつもりはないのでしょう。
母は結婚式を挙げたその月に、私を妊娠しています。
妊娠はお金をかけるものではないと思っているのです。
そんな人に私の気持ちが理解できるはずもありません。
官公庁に勤めていた頃、職員の人たちがC病院で不妊治療を受けているという話を耳にしていました。
C病院って良いのかな?きっと安いだろうけど、安かろう悪かろうではお金がもったいないし・・・。
とりあえずBクリニックに予約を入れてみることにしました。
行ってみてやっぱり、初回の検査代の高さにびっくりして限界を感じ、C病院にも行きました。
不妊治療の話はあまり聞けなかったものの、次回は専門の先生にお会いできるということでした。
Bクリニックで検査結果をもらって、そのままC病院に提出しました。
C病院はインターネットでどれだけ検索しても、不妊治療のことはブログ等に一切引っかかってこないし、病院のホームページにも「一応やってる」くらいのことしか載っていません。
これは通ってみてわかることですが、専門の先生がひとりしかいないことと、朝の1時間しか診ていないことが関係していると思います。
働いている人が仕事に支障をきたさないように通院してもらおうと。
なので、私も病院名を出すことはしていません。
培養士さんと初めて面談をした時、Bクリニックや他の有名クリニックから転院してくる人が多いんですよ、と話されていました。
「もうお金が続かない」と。
近所のお姉さんみたいに親しみのある方で、私は初対面なのにぼろぼろと泣いてしまいました。
一番最初のA病院に通っていた頃にはC病院に通うなんてとってもできませんでした。
なぜなら知っている人がたくさん働いているから。
受付で、看護士で、事務で。
歩けば知っている人に出会う感じ。
当時ひた隠しにしていたのです。
今は自分から声をかけちゃいますけどね。
でもそのおかげで担当してくれている先生が全国的に有名なクリニックで勤務されていたことを知ったのです。
驚きました。
そのことを知らずに通っている患者さんもいると思いますよ。
どこにも出ていないので。
Bクリニックは学校の先生を辞めて通ったり、仕方なく仕事を辞めてしまった話をノートでたくさん知りましたが、C病院は全く逆。
できるだけ治療費を安く、働きながら授かれるようにとの先生方の願いを本当に感じる事ができるのです。
親がお金を貸してくれなくて良かった。
何百万か用意してくれたなら、Bクリニックに通っていたでしょうから。
ここまで長々と書いてきて、何を一番伝えたかったかと言うと、私のようにお金に余裕がなくて治療を受けられないと思っている人がもしいらっしゃったなら、どうかもっと病院を探して欲しいということです。
このブログは全国各地の方が読んで下さっているようですので、まずは都道府県の特定不妊治療 指定医療機関のうち、通えそうな場所で、ネット情報ではなく実際に電話をかけたり、病院に出向いて話しをきいてみてほしいと思います。
きっとどこかに自分に合った医療機関があることを信じて。
少しでもあきらめたくない気持ちがあるなら、あきらめないで下さい![]()