中央手術部へと運ばれた妊婦の話の続きです。
扉が開くと、何と
10人もの医師や看護師の方達![]()
主治医の先生の顔が見え、少しほっとしました![]()
それからはテレビでよくみる手術の風景になっていきました。
両手が固定されていくのが私には苦しくて、パニックになったらいけないと気持ちをそらせて落ち着けるのに苦労しました。
よく癖で顔をさわるのですが、、「ほっぺかゆい」とか「鼻の頭をかきたい」のに、自由にならないというのがとても嫌なんです。
お腹のところについたてが立てられるのは、意識のある帝王切開ならではでしょう。
子宮筋腫や流産の手術の時はありません。
悲しい気持ちにさせる、ピコッピコッという心臓モニターの音が、2度の流産手術を思い起こさせました。
これから帝王切開にのぞむ心境は、
何も考えられない
今さら自分ではどうすることもできない
まな板の上の鯉
という感じです。
硬膜外麻酔はそれほど痛かったり気持ち悪くなったりしませんでした。
麻酔医の
「これは痛いですか?」
という問いかけが何度かあって、手術が始まりました。
「癒着がひどくて、子宮をとるかもしれない」
執刀してくれている主治医にそう言われても
「はい」
と頷くしかありません。
自分の命か子宮かの二択ですから。
その後も
「出血が多い。とるかもしれない」
3回くらいは言われました。
「凍結胚が3個あるのに、もう二人目は望めないのか・・・」
と覚悟したものの、私の子宮はきっと大丈夫、残る。と信じていたようなところもありました。
結構な時間が経ったのに、いつまでたっても赤ちゃんがおぎゃあと泣かないな、と心配になってきます・・・。
まだ?
まだ?
「時間勝負で、お腹を開けたらすぐに赤ちゃんを取り出す」って、よく本やネットにかいてあるのに・・・![]()
しばらく待って、
「おめでとうございます
元気な男の子ですよ
」
と言われました。
すぐに顔の横に連れてきてくれて、
「触ってあげて」
と言われ、左手を自由にしてもらいました。
うっすらと白い胎脂がついた頬にこわごわ触れました。
よく皆さんがおっしゃる、
「人生で一番感動した瞬間」
「生まれてきてくれてありがとうって涙を流しました」
などの気持ちはまったくありませんでした。
帝王切開だから、かな?なんて言い訳を。
ただただ健康だろうか、障害はないだろうかとそんなことばかり気にかかりました。
私って冷たいのかな~とも思いますが、何しろ出血多量のしっかり癒着のハイリスク分娩ですから、他の方より余裕がないのもあったと思います。
分娩後も「子宮取っちゃうかも」は続きます。
結局は残していただきました。
主治医の楽しそうに会話しているのが聞こえます。
縫合は誰がしているのかわかりませんでした。
病室へ戻っても、子宮筋腫手術後のようなガクガクと震えるような寒さはありませんでした。
出血多量のわりには。
関係ないのかな?
先生に事前に確認をしておいたのに、血栓予防の足の裏につけるポンプはありました。
先生はないといっていたのに・・・。
ポンプがあると眠れないんですよね。
でも筋腫のときよりは眠るコツをつかみましたよ![]()
そして、病室でも子宮からの出血量をバケツ?に測って、多ければ手術室に逆戻りをして、子宮全摘すると。
恐ろしい、絶対イヤです。
これも自分ではどうにもならないことでしたが、私の体ががんばってくれて免れました。
あと、尿管カテーテルも筋腫の時にとても嫌だったのですが、今回はさほど気にならなくて、翌日のお昼前には外してもらいました。
なので翌日は傷がめちゃくちゃ痛くて歩くのが相当つらかったのですが、一日ごとに楽になっていきました。
息子は2590gだったものの、1ヶ月と1週間の早産児となってしまったので、NICUに入り、これまた一般的な健康な人のお産、赤ちゃん、から離れてしまったのですが、今では10kgを超えて太りすぎを心配しなければならないほどになっています![]()
高齢夫婦の赤ちゃんはおとなしくてよわよわしいかと思いきや、まったく逆のわんぱく坊主に成長してくれています。
妊娠・出産を目標にこのブログを書いてきました。
私たちの受精卵はまだ病院で凍結されて眠っているので、もしもまた治療を再開することになればこちらでまた綴っていきたいと考えています。
このブログを見て下さった方に心よりお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
妊娠・出産を望むすべての人の望みが、どうか叶えられますように![]()