Vol.7 【就活mont-bell】
2009年1月15日。
採用結果が出るのが、ネパール渡航中というのがわかっていたが、そのことも含めて、ヒマラヤに対する思いと経緯を作文にし、履歴書とともに㈱モンベルに提出する。
Vol.6 【勤続約20年間のけじめ①】
2009年1月9日~2月28日まで有給消化開始。
2009年1月9日16時。
会社に対して心残りな事に一切のけじめをつける事を考えた。
随分とベテラン職人や同僚も辞めてしまって、声をかける人もいなくなっていたが、別の京都事業所に新人の頃指導していただいた先輩がいるためけじめの挨拶をするため菓子折りをもって京都に出かけた。
ほぼ20年ぶりに面と向かって会話をした。
正直、イメージしていた感動はなかった。
Vol.5 【19年11ヶ月勤めた会社の最終日】
会社の正月休みの12月~1月4日が明けた。
2009年 明けましておめでとうございます。
例年どおりの新春スタートを向かえ、私も気を緩めず恒例のお得意様へ挨拶まわりに出かけた。
外に出るといつもは一人しか乗っていない営業車にパンパン、4、5人乗り込んで後輪も沈んでいる。
朝一から挨拶ラッシュ。
ただ、いつもと違うのは、お祝いの言葉と同時に退社を兼ねたお礼を申し上げ、引継ぎの挨拶をすること。
この三つを同時に言うと意外と長い挨拶になっていることに気づいた。
その中には、
カメラマン、プロデビューから関わったお客様、
お客様でありながら同じスタッフとして迎え入れて下さったお客様、
新規でお付き合いが浅いにも関わらず、古きお客様よりも親身になっていただいたお客様、など
新春早々何とも言えない気持ち。
あと数日の勤務の中で自身の居場所をどこに置いて挨拶していいか、不安定な気持ち。
2009年1月8日就業最終日。
いつもと変わらぬ朝が始まる。
・新規開拓チーム朝一のミーティング、昨日の行動と成果、本日の行動報告。
最終日も結局、挨拶回りが夕方6時までかかった。
相変わらぬ内容で最終日が終わった。
最後だと言うのに終業遅れ気味。
投げ込むように私物をダンボールに詰め込み、世話になった机を空っぽにした。
PS:この日の朝礼でお別れの挨拶を述べたが、恥ずかしくも涙を流してしまった。
あとで同僚にこの会社のどこに涙を流す事があるの!?と言われたが、確かにそのとおりだった。
ただ、寂しいのではなく後悔もない、社風が変わり、自身の価値観で仕事が出来なくなり理不尽な毎日がとても悔しく力不足を感じた涙だった。
言葉につまり、最後に皆の前で言った事は、
『いつか自身が物事をやめる時、涙を流せるというのはすばらしい事だと思います。働きやすい環境を目指して協力し躍進して下さい。』
気持ちは転換し、いざヒマラヤへ!