こんにちは
ソルトコーディネーターの青山志穂です
今日は朝からラジオ生出演があり、低血圧の私も朝からパリッとしております
さて、今日、1月11日は「塩の日」と言われているのをみなさんご存知でしょうか?
時は戦国時代。
1567年、甲斐の武田信玄は13年間に及ぶ今川氏との同盟を破棄し東海方面への進出を企てました。
領内に入られた今川氏は、縁戚関係にあった北条氏の協力を得て、武田領内への塩の供給を停止させました。(これを「塩留め」と言います)
武田の領地は海に面していないので、自分の領内で塩をつくることができない。
でも塩は民が生きていくためには絶対に欠かせない。
たちまち塩不足に陥って困ってしまいます。
それを見た越後の上杉謙信が、
長い間、武田と敵対関係にあったにも関わらず、
千国街道(塩の道)を通って越後から松本まで
約130kmの道のりを超えて塩を送って助けた
という逸話です。
そこから「敵に塩を送る」という諺ができました。
「争っている相手が苦しんでいるときに、
争いの本質ではない分野において援助を与えることのたとえ」
として今でもよく使われていますよね。
で、松本に塩が到着したのが1月11日だったので、
毎年1月11日に松本で「塩市」が開かれるようになりました。
ということで、今日が「塩の日」というわけです。
この逸話、めちゃくちゃ美談として語り継がれていますが
別の説もあるのをご存知でしたか?
それは、「上杉謙信はすごく商売上手だった」という説。
今川領から塩が来なくなったのは、
今川領(現在の静岡あたり)から
松本へつながる塩の道の交通を止められたからなんですが、
上杉領は武田領の反対側。現在の新潟県あたりです。
今川領からの塩の流入がストップしたのを見た謙信が
「これは塩を売るビジネスチャンス!!」と見て、
「贈った」のではなく「送った」。
つまり、塩の流通を止めずに変わらず売り続けて
大きく儲けた、という説もあります。
事実がどっちだったのかは未だわかっていませんが、
塩と歴史、深掘りしていくと面白みが増しますね