お越しくださりありがとうございます!
with ease たかはしです。
冬休みも終わり、昨日から仕事始めでした。
今年もよろしくお願いします。
昨年末始めた家の片付け、
ちまちま進めてまだやっております。
娘がイヤイヤ期に突入したようで、
なかなかスムーズに物事が運びませんが…
ちなみにイヤイヤは
歯磨きと
主に着替えに関することです。
こえ、キライ!
じゃあこれは?
キライ!
あれは?これは?
イヤ〜!!
着にゃいの!
この寒いのに
「上着なんか大キライ!絶対着ない〜!」
みたいな状態になっていて、
オムツ替えやお出かけの度にこのやり取り。
女子だわあ…って感じです。
「私はこれが好き」
「なんかよく分からないけど、これは嫌」と
芽生え始めた感覚を伝えようとしてくれてるんですよね。
最初の子の時は途方にくれてましたが
2人目だと本当にラクですね。
子どものイヤイヤ程度は1人目と2人目で
そんなに変わらないはず…
変わったのは私の受け止め方です。
1人目という未来予想図がある分、
俯瞰して見られるから
目の前のことに振り回されないんですよね。
これから先
好きなものをたくさん作って
生きることを楽しんでほしい。
子どもが幾つになっても
気持ちを隠さず
信頼して
話せる親になりたい。
子育てしていて
そう願わない人はいないでしょう。
時間がないのに!とか
もうこのやり取り何度目なの!、
着るもの他にないのに!、
その組み合わせはおかしい!…
そういう私自身の気持ちも、
もちろんまだあります。
だけど「私が思う、
世間ではそうしてる、
だから子どもにもそうさせる…」という思考、
それがエゴだ、というのが
分かるようになったから。
1人目の時は
育児書を読んで散々勉強して
「イヤイヤを受け入れなきゃ…」と「我慢」するのですが、
分かっていても
「自分と世間のものさし」が
価値観から外れなくて、
子どもの自我との板挟みになり
「正しいことを教えようとしてるのに伝わらない!」
「じゃーどーしろって言うのよ!!」と
耐えきれず爆発していました。
ひどくイヤイヤされると
最終的には強い声を出して
子どもに従わせるしか方法が見つからず、
育児書の通りには出来ませんでした。
「自分の考え」「常識」なんて
大したもんじゃない、って事がわからなかった。
まず価値観を外すことが必要だったんです。
私のエゴを優先して
子どもの意見を潰したら、
その分
私自身が子どもに放った波が
この先いつか帰ってくるわけです。
単純に、やり返される…とかではなく、
信頼関係や子どもの人格形成に関わって、
大人になってから
後悔しても遅い、という
長い目で見た波で返ってくるかもしれません。
それは本意ではない。
それを思えば、着替えや歯磨きなんかの
瑣末なことで声を荒げるのが
バカみたいに思えます。
とはいえ私もこんな風に
冷静に分析できるようになったのは最近。
「価値観」というのは
長い年月をかけて
空気のように当たり前の物として
身につけていくので、
一朝一夕には外せません。
私がどのようにして
外したのか?というと、
「この世の道理を学ぶ」事から始まりました。
気功と整体を習いに行って、
なぜこの世の道理まで学ぶのか?
一見すると不思議ですよね。
しかし人を癒す立場の人間や
子育て中のお母さんが
自分の悩みでいっぱいになってたら
安心して委ねられないと思います。
何より心と体は繋がっています。
誰だって心も体も健康に、幸せになりたくて
それを求めて習いにくるわけです。
だったら心の悩みも解消しなきゃ!
…というのが、松井式なんです。
最初は、そういうもんかな?
心のことも教える整体なんて
他にないし面白い、と軽い気持ちで
勉強会に出始めて…
ビックリするくらい
色々な事が分かるようになり、
バラバラだった知識が繋がって行きました。
考え方が好きで
子育てに取り入れていた
モンテッソーリ教育との共通点を
見出したりも。
もし子育てに悩みを感じたり、
「分かってるけど出来ない」
ジレンマを抱えている方がいたら、
「この世の道理」を習いに来てください。
私やインストラクターが開講している
「おうち整体」の講座の中でも、
心の勉強の入門編のような内容で
カリキュラムが組まれています。
1人でも多くの方が悩みのない人生を送れるよう、お手伝いしたいと思っています。
特に受講されるつもりでなくても、
こっそりお悩みのことを
ご相談いただくのでも結構ですよ。
「この世の道理」は宗教や信仰とは関係なしに、
「ブッダが仏教で伝えたかったこの世の仕組みのこと」を正しく理解するための教えです。
なんども繰り返し
聴いていくと、
自分がこの世の仕組みの中で
どの段階にいるのか、
今の悩みは何が原因なのか、
少しずつ分かるようになります。
しかし本を読む、独学で身につけようとしても、残念ながら失敗してしまう確率が高いです。
それは「わかったつもり」になるから。
「知識」にはなるけど、
「智慧」にはならないから。
「道理が腑に落ちた」人の
生の言葉を聞くのは、
私にとって百の本を読むより
身になりました。
仏教の教えがいいのね!
と本屋に行っても、
①本質をついた本が選べない。
②色んな説があってどれが正しいかわからない。
③自分の経験に照らし合わせて解釈するので間違いに気づけない。
結局ごく浅い理解で終わってしまうんですよね。
今困ってること、
辛いこと
お話ししてみませんか?
「子育ての悩みを仏教で紐解く会」
in 流山
1/24(水)
11:00〜12:30
から風流ダイニング奥
地域交流スペースにて開催します。
お子さま連れでも大丈夫。
お茶代として500円
頂戴します。
お申し込みは3名さままでです。
詳細はこちら