「わかった」は「わかってない」だよ!そこで歩みを止めたら終わりだよ!
今日から生徒と講師の二足のわらじ。
本部のここセラ入門編と、完全習得コースが始まりました。
私が開催する、ここセラ宇宙の法則編は木曜の夜。
本部が開催する、ここセラ入門編は木曜の朝。
完全習得コースは、金曜の朝。
つまり、個人的にだけど
「24時間ここセラ耐久マラソン」開催中なわけです(笑)
キッツイけど、嬉しくて楽しい!
頭パンクする!痺れちゃう!
本当にdoマゾなの?と我ながら思ってます。
こちらが送った感想です。
何回受けても、感じないことがなく
発見しないことがない。
それはやっぱり、人は無常だからです。
歩みを止めることがない、
一瞬一瞬で感じとるものが、考えることが、響くところが違うんです。
それがわかっていたら、「もうわかった」なんてことは決して言えない、そう思うから、
何度でもここに帰ってくるんだと自分に言い聞かせては同じ講座を聞きにきます。
あっちゃん まーくさん
入門編第一回ありがとうございました!
くみです。
もうこれで受講何度目になるか覚えてないくらいですが…
今回はとにかく
①「初心に帰る」ということ
②実体験としての理解が出来ていない所を見つけること
この二点を目標に受講しようと思っています。
例えば、「幸せは心にしかない」という事ひとつでさえ、納得して理解してはいても…
子どもの世話や忙しない日常の中にあって、平常心を保って自分のやるべき事を常に出来るかというと、そうではありません。
娯楽や刺激に気を取られ、そちらの方が幸せだと思ってる時があります。
その結果やった方がいい事を後回しにして後悔します。
確定申告めんどうくさいです。
それで自分を責めるところからは抜けましたが、その状況が未だあるってことは「頭で解ったつもりになっていて、実践が追いついてない時がまだまだある」訳ですよね。
このように「納得した=出来てる」と思い込んでいるところが、そこかしこにある、はず、というか確実にあるので、そこを洗い出したいんです。
- 【印象に残ったこと】
- ・幸せになるために始めたのに、逆になっていないか?
→講師としてここセラ受講生さんの様子をみていると、少し学びを深めた所で
「ここセラでこう言ってたから、自分のこの考えは無くした方がいいんだ」
「みんなのために動けない自分はダメなのかな」
みたいな、「知ったせいでむしろ苦しい」状態になる方がいます。自分のエゴや、答えが見つからない迷路にハマり込んで、「こんなに苦しいならここセラをやらなければ良かった」という方もいます。
そういう人がこの言葉を聴いた時何を思うのかな?…ここセラを辞めようと思う人もいるのかな?って事をこの話を聞いて考えました。
どんなに道理が正しくても、受け取り方次第で答えを間違えてしまう。
「〜べき」という考えになると、途端に幸福の道を逸れてしまうんだというのを改めて実感です。
私自身、子どもや夫が道理を外れていると「あ〜」ってガッカリしたり、
つい「仕方がないものを見る目線」になっちゃう時があって、
「ハッ、いかんいかん。また、“〜べき” になってる」って自戒する事があります。
いや、数年前同じ状況の時は「ここセラを学んで自分ばっかり優しくなって、夫や子どもは何もしない」って本気で思ってたんです。
そこから比べたらだいぶ前進しているんですけども。
6年間同じ言葉を聞いてきたからこそ、同じ現象を見ても、考え理解できる内容が多層化していくのがわかります。
まーくさん繰り返し言われてますが…
「わかった」は「わかってない」だよ!そこで歩みを止めたら終わりだよ!って。
その代わり、進めば進むほど高みに行ける、というのがちょっとだけ見えてきています。
ここセラ本当に面白いです。
- 【心がけたい実践】
- 子どもに呼ばれたり、あれとって〜来て〜見て〜と言われた時、
「本当に必要な時だけ呼んでほしい」「手を止めたくない」と反射で思います。
で、つい「何?何の用か先に言って」と言ってまうんですが、これちょっと辞めたいなと思っています。
これも自分の価値観(ルール)を押し付けてますよね。
呼ばれたら行く、でいいじゃん。 - 【気功編】
- あっちゃんありがとうございました!
体を使う気功、頭を使ったあとやると気持ちいいし楽しいです。小学五年生という年齢柄、息子が学校で気難しい友だちと軽く揉めたりする事が増えてきています。
息子に正論を言われてムカついた子が「死ね」って言ってきた〜とか、そんな感じです。
ゲームで肩が固まったりもあるので、邪気を抜くのに手を振るのを声かけて一緒にやろうと思います。
