モンテッソーリ園の話 | 子育てママの心を照らす 運河駅のサロン〜with ease in 流山

子育てママの心を照らす 運河駅のサロン〜with ease in 流山

流山市で、特に子育て中のイライラに効く、
おうち整体の施術と指導、ここセラ講師をする
たかはしくみ(くみちゃん)のブログ。

ママが自分自身で心と体をメンテナンスできる、
”生き方アップデート”のノウハウを授けています。

お越しくださりありがとうございます!

ふだんの話題とは離れてしまいますが、
今日は子育てについて。

今日は息子が通った
「子どもの家」に用事があって
娘を連れて行きました。
たくさんのお道具を見て、
早速「お仕事」に取りかかる娘、
1歳7ヶ月ですが、ちゃんと指示通りに
出来て、お片付けも頑張ってやっていました。

{619CDB1C-323E-4C9C-9604-CBB5F3DD212C}

藤井棋士のニュースで久しぶりに
モンテッソーリが話題に上りましたね。
オバマ大統領の時も一時話題になったり
イギリス王室の教育も
モンテッソーリだと取りざたされたり、
下火になっては盛り上がる
(そして何となく忘れられる)
モンテッソーリ教育。

我が家も息子が2歳くらいから
モンテッソーリを取り入れて来たのですが、
日本の教育とは食い合わせが悪いよなぁ
と常々思っています。

そのせいで日本で根付かず
すぐに下火になるんじゃないかな。

子どもの自主性を重んじる、っていうのは、
言葉で言うのは簡単で
イメージが良いですが、
日本ではものすごくハードルが高いです

子どもをコントロールしないように細心の注意を払って、なおかつ他人に迷惑をかけてしまう事を全力で先回りして回避し、
もし何かやらかした時は
親が全責任を負わなくてはいけない、
放任だ
これだから叱らない子育ては」
ちゃんと躾けないから」と後ろ指を指される可能性があり、荷が重すぎてやってらんないのです。
子どもに対して狭量で
迷惑を嫌う日本では、特に。

そして、ただでさえ少ない自分の時間を
子どもに限界まで割くのが、
自主性を重んじるってことです。

今やりたい!と集中してる
子どもに付き合う。
(それがおふろ前とか
夕食前とか出かける前だったりする)
靴ひもをどうしても自分でやる!
…と遅刻寸前のタイミングで言ったりもします

どれだけ時間がかかっても、
汚されても、
食器を割られても、
牛乳をこぼされても
口出しせずに
取り組む子どもを見守る。

フルタイムで共働きが増えている
今の日本で、コレ笑顔で出来る
お母さんがいたら、菩薩ですよ。

生活の小さな出来事の積み重ねで
自主性は育ちます。

時間に追われて、「早く早く」と
急がざるを得ない環境では、
モンテッソーリ教育はできないんですよね。

私自身、
「こうするのが理想」と分かりつつ
上の子に対してはなかなか
コントロールしないで暮らす事が難しいです。

せめて好きな事だけは否定しないように、
伸ばしていけるように、
やりたいと言ったことは
協力を惜しまないようにしていますが…

小学校に上がってから、
過酷な教育現場で激務を押して働く担任の先生に、そんな子どもの自主性を育む教育を…なんて、とてもじゃないけど言えませんし。

もちろん、
モンテッソーリをきちんと理解して
勉強した上で、楽しく家庭教育に取り入れられれば、これ以上のことはありません!

ただ、ブームや話題に乗って
この教育法が良いらしい…!と
お受験に取り入れたり、
ただ園に入れたりするだけでは
あんまり意味はないよ、とお伝えしたい。

接するお母さんお父さんの考え方や態度が
「自主性を重んじて」いないと、
ぜんぶ台無しだからです。

松井式と出会って心の勉強を始めて、
モンテッソーリ教育と
仏教の考え方に共通点を見つけたため、
私にとっては大きな学びとなり
子育てについても前進しました。

エゴを薄くすること
俯瞰すること。

自分、自分という視点から抜けることが
大事なんだ…と

急いでるのは誰?
食器を割られたくないのは誰?
こぼされたくないのは誰?
今日は予定があって…それは誰の都合?

良い学校に入るのがあなたの将来の為…
と思っているのは誰?

ぜんぶ親の都合だった。
子どもはただ、
お母さん、お父さんと一緒に笑って
過ごしたいだけ。
あなたがいて幸せよと言われたい、
自分がやりたい事を応援して欲しいだけ。

ワガママを言ったり
ルールを守らなかったら叱るのは
当然必要だけど、
親の都合に合わせて
子どもをコントロールするのはエゴなんだ。

その事が頭じゃなくて
心の底から理解できて、
初めて
マリア・モンテッソーリの言っていることも
理解できたのです。

子どもが望む事を、
望むタイミングで与えるためには
どうすれば良いか、
心の勉強のおかげで答えが分かりつつあります。

モンテッソーリはたった1人で偉大な教育法を確立した稀有な人物で、天の導きでもあったのかと思うほどの功績があるひとですが、
仏教の考え方と繋がりを見出せるとは思ってもいませんでした。

不思議な巡り合わせですね。