三年前のお話です。
父が救急搬送され、
母が同乗。
閉まらない鍵にイライラしながら、
ようやく私も家を出られた。
途中、かかりつけのNクリニックへ電話。
父の搬送先がN中央病院に決まったことを伝えたら、すでにN中央病院からなのか?
救急隊員からなのか?
連絡が入っていて、紹介状はファックスされていた。
ありがたやーーーー!!!
病院の待合で母と合流。
父は別室。
しばらく待っていたら、
検査へ行くのか?
車椅子に座って介助される父を見かけました。
鼻には酸素吸入のチューブ。
私、ほっとした。
だって、まだ何の説明もないけど、
入院になる、て思ったから。
入院でホッとするなんて、
おかしい??
でも、ものすごーーーーく安心したよ。
だって、もう苦しまなくて済むから!!
病状がわからない母にビシバシやられたり、
苦しいのに動かなくちゃ行けなかったり…
そういうの無くなるし。
何より…
これでやっと、お父さんの体調不良の原因が分かる!!
という安堵感。
一週間くらい検査入院して、
治療して、
桜が咲く頃には退院だな
心からそう信じてたよ
まさか、このまま帰ってこないなんて…
誰も思っていなかった。
入院が決まって、
主治医となるK先生からお話があった。
「ご本人から血痰が気になる、と話がありました。血痰だと、一番怖いのが結核です」
ぐはぁ!!!
マジか!!
結核疑い…めんどくせー。
実は私、結婚する直前に働いていた特養(特別養護老人ホーム)で結核が出まして…。
その前に勤めていた老健(介護老人保健施設)では、入所者が入所前に通っていたデイサービスで、結核が出てて…。
結核が出た時の対処法を知っていたの。
大変なのよー!!!
だから、卒倒しそうだったよ…
そのため、母が
「主人は結核を患ったことがある」
と返答した時は、
もう頭がフル回転。
K先生が
「そうなんですか?ご本人からは聞いてないなー。肺炎はある、て言ってましたけど」
「あ!肺炎だわ、間違えちゃった。あははは」
なんて、やりとりしたときは、
このバッバァ!!!!
て、爆発。
K先生からも説明があったけど、
「結核の検査は三日間要する」ので、
「三日間は結核として扱う」ことに。
私も母も使い捨ての割烹着みたいのを着て、
息苦しくなるすごいマスクして面会。
数時間ぶりに会う父は…
元気そうだったよ!!!
本人もホッとしたんだろうね。
ご飯も…
よく食べたって。
こんなご飯が最後の晩餐になるなんて…
土曜日に残り物だけど、
餃子とさつまいもご飯を差し入れしておいてよかったな。
K先生からは、もう一つ。
大事なお話があった。
急変時の対応のこと。
これは長くなったので、
次回に書きますね。