チームマリの秘密の掲示板より(会員の女子しか見られないのっ☆)、

Oインストラクターがイントラ大会前に猛特訓する理由を書かれていました。


「トップクラスに絡めないことが参加前からわかっていても、
『看板を背負って出場する以上、無様な走りは見せられない』と思うから。」


by チームマリ Oインストラクター


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すっげーカッコイイんですけど。

インストラクターさんの言うことは違うなぁ。

まぁ あたしゃヘタっぴ過ぎて、何の看板も背負ってませんがね・・・

(あ、「へなちょこ三姉妹」は文字通り背中にしょってますが。笑)


HMSにしても、チームマリにしても、常連の方と随分仲良くなりました。

それだけあたし自身の参加率も高くなったということですが、

皆さんの練習量は半端じゃない。あたしの比にならない。


東京にお住まいのある方は、HMS埼玉だけでは足りないと、

毎週新幹線で浜名湖まで練習に行かれています。

その方は、最近マリでインストラクターになられました。


「趣味なんだから、楽しめばいい」というのは正解だと思う。

でも、間違いでもいい。

もっとうまくなりたいし、練習する時間を作りたい。

上達には永遠に貪欲でありたい。


いつか実力を伴うようになって、練習に励む女性(野郎は勝手にやってくれ)へ

重みのある励ましの言葉をかけられるようになれたらいいな。

誰かが言ってた、過激な言葉。

「何事もやり過ぎが肝心である」

by anonym

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あたしは不器用だから、上達も遅い。
だから、みんながイナフと思う量から、更に頑張らないと身につかないみたい。

周りからよく頑張ってるね、とお世辞半分で賛辞の言葉を頂いても
あたし自身がこれで十分と思ったことは今までに1度もない。

まだあたしより上の人間がたくさんいるということもそうだけれど、
仮に周りに自分より出来る人間がいないと思ったとしても(んなこたあるわけないんだが)
現状の自分に満足するということだけは、多分永遠にないと思う。

「やり過ぎ」て得るものというのは結構ある
ガス抜きが下手なのがたまに傷なわけだが、
身についたもので十分カバーできるぐらいプラスは多い

周りは壊れるんじゃないかとヒヤヒヤすることもあるらしいが、
すまん。仕様なので許してくれ あたしはきっと、永遠にこのまま上を目指し続けるだろう。

「道があるから人が歩くのではない、人が歩くからそこが道になるのだ」


by 『故郷』 魯迅


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この言葉に出会ったのはまだケツの青い中学生の時。
子供の頃から、好奇心が旺盛だった。破天荒なことばかりしようとした。
あたしがやろうとすることはいつも大人から「前例がないからだめだ」と言われた。
そんなあたしにとってこの言葉は神の啓示だった。


何かを始めようとする時、
ついつい自分の始めようとしていることの「前例」を探して
その「前例」という名の亡霊のした粋を超えずに行動していることはないだろうか。


大学時代、ボランティア活動に魅せられていたあたしの悩みは
「したいボランティアがあるのに、その活動を支援してくれるNPOがない」ということだった


当時、国連職員の女性と話をする機会があり、その悩みを話した
すると彼女は言った。
「人がやってなければ出来ないの?そうじゃないでしょう。やりたければ、ただおやりなさい。方法は情熱さえあればいくらでもカバーできるはず。」


あたしはその時、魯迅の『故郷』の結びの、上記の言葉を思い出した。
道がなければ歩けないというのは嘘。
情熱があれば、藪の中も歩ける。その藪を何度も歩けば、そこは道になるはず。
その道を他人が通るようになるかどうかは、また別の話なのだ。


その後、あたしのボランティア活動は形を変えた。
ラオスで出会ったみなしごのトラへの募金を促すポスターを作った。
そんなもん支援してくれるNPOなんてないから、自分で試行錯誤して作って、現地で知り合った人に助けてもらって実現した。


南アフリカに留学した時、私は寮が受け入れる初めての日本人だった。
その後、南アフリカに留学したいという女性から体験談を求められ、励ましのメールを書いたこともあった。


誰もやらないから、道がないわけじゃない。
みんなが通ってる道だけが、正しい道じゃない。



バイクに乗り始めた頃、自分よりヘタな人を見たことがなかった。
だから、そんなあたしがうまくなれる方法など、この世にはないと思った。
交差点で転んで怖い思いをした後とかは、諦めてバイクなんてやめちゃおうって思ったこともあった。


でも、またもや魯迅の言葉に救われて頑張って来た。
自分のレベルから成長した人を見たことがないけれど、
でもそれは頑張らないことの正当な言い訳にはならない。


絶対に練習し続けよう。
あたしの通った道が藪のままでも、そこを誰も通らなくても、それでもいい。
あたしの通る場所は あたしが作り、自分だけの道にする。

Sex and the Cityより、女優 Elizabeth Taylorの言葉をご紹介。


"Now is the time for guts and guile."

「今こそが、根性と策略の時」


by Elizabeth Taylor


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Elizabeth Taylorは生涯で8回の結婚と7回の離婚をした。

そんな波乱の人生の中で、苦しい時にこの言葉で乗り越えたと言う。


Sex and the Cityでは流産で泣き過ぎて動けなくなったシャーロットが

Elizabeth Taylorの番組でこの言葉を聞いて立ち上がり、

美しく着飾って友人の息子の誕生会に出掛けるシーンが印象的だった。


"Guile"という言葉には、辞書を見る限りでは良い意味はないらしい。(「策略」「狡猾さ」等の意味)

私はこの言葉から、『風と共に去りぬ』で荒野に突っ伏したスカーレットが

「私は人を殺めてでも、生き伸びてみせる」と言い放ったあのシーンを思い出した。


世の中はきれいごとだけではやっていけない。

汚いことをしたとしても、どうにか生きていくのだ という女性から女性へ向けたメッセージのような気すらする。


美しく、儚く、誰かに守ってもらうのが女性だろうか。

違う。美しくなくても、芯を持って逞しく生きなければいけないのではないだろうか。


私は弱い人間だから、特にこの呼びかけが胸に響く。

私よ、頑張れ、限界まで。例えその姿が他人にとっては美しくなくても。

源氏物語 六条の御息所と光源氏の別れのシーン。

六条の御息所がもう源氏とは終わりだと悟って言った別れの言葉。


「『今宵また』と言って。そして2度と振り返らないで。」


源氏は彼女の言葉通り、「今宵また」と言って2度と振り返らず、彼女の元を去って行った。


by 六条の御息所  『源氏物語』


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過去に別れた人の殆どが

「この人と会うのはこれが最後なんだろうな」って分かった。


そして、10年以上前の恋に関しても、それ以降もずっと

その最後に見た相手の姿というものは忘れられない。

と言うより、最後だって分かるから忘れないようにずっと見てたのかもしれない。


大好きで別れた人

嫌いになって別れた人

耐えられなくなって逃げるようにしてさようならした人

いろんな人がいたけれど、大好きで別れた人のことは特に忘れられない。


別に恋多き女になりたいわけでは決してないので

いつまでこんなこと繰り返すのかなぁ、、と思って疲れる時もあるケド、

また悲しい別れになってしまうことがあったとしても、別れの言葉は美しくありたいと思う。


六条の御息所の上記のセリフ以上の

美しい別れの言葉をあたしは知らない。