怖いものを減らすひとつの方法 | 大田区鵜の木さろん楓★料理家 印南真帆のブログ「食べることは生きること」

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さろん楓ふなだまほです。
いつもありがとうございます。



7.29美登の会、あと2名さまです。



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「美登の会」

7/29(月)13:00~16:00
東京目黒さろん楓にて
7.700円
限定8名さま

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☆   ☆   ☆




自分を愛そう。
自分を大切にしよう。
自分を大事に…。



そんな言葉、スローガンが溢れ返っている。



まぁ、私も言うのですけれどネ…。



でも、その具体的な方法がわからない限り
私たちはさまよい続ける…のだと思う。



…人は怖いと防御する。

攻撃は最大の防御という言葉がある通り
自分を守るために、
無意識のうちにしていることがある…。



たとえば、
怒鳴る、キレるもそうですし
人に冷たくする。突き放す…。
ガラガラッとシャッターを下ろす、と
いう相手を拒絶する反応も実はそうだったりする。



本人はそうするしか選択肢がないからそうしている。



怖くてフリーズしている。



それが真実だったとしても
本当は怖いなんてそぶりを見せられるはずもない。
だから、相手にはそんなことは伝わらない。



相手はただ単に拒絶されたと思う。
人間関係がそこでストップする…。



怖いとき、人はそうやって
必死で自分を守ろうとします。



何かの感情を恐れるなら、
その感情を感じないで済むように
逃避したり、何かにすりかえたりする…。



そのほかにも、私たちはいろいろなことを
やっていますね。



何かを望んで得られなかったら傷つく。
それは耐えられない。



だから、そんな思いをしないように
最初から何も望まないようにする…とかね。



そんなふうに思いを成就させないという形で
自分を傷つけることさえある。



その自動的なプログラミングは
簡単には変えられない。
だって本能だから、ね。



むしろ、それがこれまで自分を守ってきたものだから
容易には手離せないのだ。



☆   ☆   ☆



でも、だったら怖いもの、
すなわち敵を減らしてみるというのはどうだろう?



自分を愛する方法、
確かにいろいろある。



そのひとつのアプローチとしてオススメしたいのは、
自分の中にある“対岸”意識を越えてみること。



それは、敵対意識と言い換えてもいいかもしれない。



オンナの敵はオンナである、とも言う。
実際に憧れと嫉妬は隣合わせだったりもする。



誰にとっても、最初に出会ったオンナである
母親の存在が自分のオンナ像の原初イメージになる。



母親のようになりたいか、
なりたくないか。
ならなくてはいけないか。



そのイメージは、女の子の人生の相当早いうちに
強烈に感覚として植えつけられる。



そのイメージに従おう、習おうとしたり、
そうしなければならないと思えば思うほど
反発したり、否定したりしながら、
私たちは自分を認識していく。創っていく。



その道は、なぜかいつも罪悪感と隣合わせという
微妙な形で私たちの中にどっしりと根を下ろす。



それは、たとえ実家を出たって、
同棲したって、
結婚したってついてくる。



私たちの中に棲みついている母親イメージ、
オンナはこうあるべきものイメージ、
すなわち「インナーマザー」像と
決別する儀式が本当は必要なのだと思う。



でも、それを経ないまま
母子との境界線がはっきりしないまま
お互い言葉をきちんと交わさずに
「なんとなく」で関わり続ける…。



母はこう思っているに違いない。
娘はこう感じているようだってね。



でも、イメージに囚われているだけで
実際は、その実態をよく知らないことが多いのだ。



その後に出逢うオンナたちとの関係も
実のところ、それと同じだったりする。



“対岸”と思っていた向こうの様子がよく見えたら、
それは、憧れでも嫉妬でもなければ
嫌悪でも軽蔑でもない、
単なる一人の女性の生き方という事実を
目の当たりにするだけなのだと思う。




☆  ☆  ☆



オーガズムという素敵なお守りを生まれ持ってきた人たち。
それがオンナ。



オンナっていいね。
オンナの集まりっていいね。
オンナを好きになると、
ちょっと自分への見かたも変わる。



女神性、聖母性だけがオンナと思うと
どうにも苦しい。



そんなオンナだって、
般若のお面を隠し持っている。



日々、いのちに包丁を入れて
殺生しているオンナたち、
毎月、からだの中でいのちの誕生と死を
経験し、その血を出すオンナは、
どこまでも残酷、残虐になれる存在だと私は思う。



そんなこと日々のニュースを見れば
誰もがわかるはずのこと。



だけど、私たちは無意識にも
それと自分を切り離そうとする。
自分とは関係ないものと思おうとする。



そこが苦しいんじゃないかと私は思う。



だってね、オンナには
エストロゲンとプロゲステロンという
2種類のホルモンがあるからね。



つまり、どんなオンナも
天使性と同様に悪魔性を持っているということ。



自分の中で恐れていたもの、
敵だと思っていたもの、
存在してはならぬと押さえつけていたもの。



それと仲良くなる。


存在していていいんだよと認めてあげる。
暴れなくてもわかっているからと
居場所をつくってあげる。



それが自分の中で調和を創りだす第一歩だと思います。



たとえば。

…私は風俗の仕事をしたことはない。
だから、具体的によく知らない。
これまでに風俗嬢の友人もいなかった(と認識している)
だから、単なるイメージで判断するしかなかった。
かと言って興味を持って調べたこともないわけで
偏見がなかったといえば嘘になる。



でも、子宮委員長はると知り合い、
いろいろな話をした。


具体的にイメージできるまでいろいろ尋ねた。



そこには、同じオンナとして、
共感できる部分、理解できる点、
尊敬するところがたくさんあった。



そして、対岸どころか、
おんなじオンナだねって認識し合えた。



その体験は、
自分の中のひとつの偏見を消滅させると共に、
自分の中に存在する娼婦性をより肯定させてあげる
きっかけとなった。



偏見から自由になる。
怖いものが少し減る。
それはとっても気持ちいい。




起こっている悪いことをすべて自分のせいにしてしまうあなたへ