今日は「中水」の話をしたいと思います。

聞きなれない人も多いでしょう。中水は聞いたことがない人でも、上水や下水ならご存知でしょうか?


  大きなデパートやモール、空港や競技場など、人が集まる施設(大型のオフィスビルなども含まれます)で使われているシステムです。こういう施設の場合、トイレは手洗い場がべつにあって個室の中で手を洗うようにはなっていないでしょう。
  大型の施設では、省エネのために施設内で資源のリサイクルをしています。その一つがこの中水。便器を洗浄する水は、飲み水としても使える上水である必要はありません。なので、洗面台やその他の場所で使用した水をそのまま下水に流さず、一度貯めてから便器洗浄につなげ、そのあと下水に流すようにするのです。この一度使ってから便器洗浄に使うまでの水を中水というらしいです。



  大型施設で便器に溜まってる水が、なんとなく色がついてる(または濁ってる)ように見えるのは、この中水を使用してるからだったのです。
在韓日本人界隈、最近この話題が注目を集めています。




    孔徳洞にあるジャパニーズバーに捜査が入って、ワーホリ資格で働いていた日本人16人が強制退去になったというもの。



   この問題、病巣がいくつかに分けられそう&それぞれにヤバい強制退去予備軍も多そうなので、ちょいとこの問題について書いてみたいと思います。


外国で働くということ

   就労系のビザを持っていない場合、基本的には就労してその国で収入を得ることはできません。おそらく通貨の流出を防ぐというのが一番の理由でしょう。就労系のビザの場合は、指定の会社でのみ就労が可能で副業などを自由にできるわけではありません。


   留学ビザは留学を目的に滞在しているということなので本来働くことを目的とはされていません。

   結婚ビザは結婚が滞在目的ですが、結婚とは生活であることだからということなのか、これは自由に就労できます。結婚ビザのデラックス版とも言える永住ビザも同じく就労自由です。ただし、なんらかのビザで滞在している人の家族がもらえる同伴ビザは結婚してるからという理由で発行されますが就労はできません。


   この中で自由に働ける結婚または永住以外のビザで働く場合、滞在資格外許可の申請をする必要があります。働くのではなくても、就労のビザで滞在しながら学校に通うような場合も滞在資格外活動許可が必要ですけどね。


   ワーホリビザは観光就労ビザなので、働くことができます。しかし観光がメインなので働かないことも自由です。というか、本来働くためのビザではありません。医療や風俗などの業種は就業不可です。



    長くなりましたが、以下の場合『あなたもなれる!不法就労外国人』。

1. 留学や観光のようなビザで滞在資格外活動許可を申請せずに働いた場合


2.ワーホリビザであっても就労禁止職種で働いた場合


今回の件は2.のパターンだと思います。




不法就労の責任は?

    自分のビザではその業種で働いてはいけないとは知らなかった…、いくら知らなかったでも、責任は免れません。今回の事件で、このことは多くの人が指摘しています。それと同時に、1.のパターンで不法就労している人のことも念頭において発言してるなと思えるコメントも目にします。この1.のパターンについて少し気になることがあるのでそれを書いていきたいと思います。



   本来、滞在資格外活動許可の申請は働かせる事業所が申請すべきものなのです。この大前提を理解していないまたは理解していないふりをしている事業所が99%。そのため、資格外活動許可を取ることなどについて話を持ち出すのはだいたい被雇用者となります。外国語で外国の法律をよく調べて、自分がそれに該当するか確認し、必要な手続きを把握する。よほど 物好きな まじめな人でもなければ、これをしなきゃと思いたちもしないかもしれません。

  が、状況はそればかりではありません。先程も書きましたが、多くの事業所は申請の責任は自分だと思っていません。そのため、頑張って資格外活動許可の手続きが必要だということを突き止めて、それをやりたいというと、被雇用者側のワガママなお願いを事業所が聞いて、やる必要もない面倒な契約書発行などをやってあげる、というスタンスになります。ただでさえ強い雇用主の立場がさらに強くなり、ワガママを聞いて資格外活動許可の申請をさせていただいたので、今後は出来るだけご迷惑をかけないように雇用主のなすがままになります、くらいの関係になりかねないわけです。


  繰り返しますが本来資格外活動許可は雇用主が入管に申請するものですが、なぜか、バイトさんたちのワガママで申請したがってるので雇用主が協力してあげるスタンスになっているのです。


   そのため、資格外活動許可の申請手数料などはバイトをする人が自腹で払うことになります。



  本来は雇用主が申請書類である雇用契約書や事業者登録証のコピー、申請書、手数料などを準備して申請をするはずのものが、『学生の留学資金稼ぎのために働いてもいいことにしてあげよう』という行政側の謎の思考が軽く挟まってるせいで、現状は、働きたい学生が雇用主にお願いして契約書などを発行してもらった上にワガママにもすぐに働くこともせず、雇用主に特別待遇として勤務開始日を待ってもらって入管に行き、自腹で◯万ウォン払って行政と雇用主にお願いして取らせてもらうものとなってるんですよね。




    この手数料。バイト初日の日給分くらい飛んで行ったりします。はっきり言って、わりに合わないなんて仕事だらけです。いきなりクビにもなるし、時短にもなるので余計に。多くの場合、『アルバイトなんだから、契約書なんてないでしょ、普通』と、せせら笑う雇用主を相手にバトルして、ええ、バイト開始前に雇用主とバトルして、自腹切らせていただく制度なのです。


   …よほどの 物好きの変人 真面目さんでもない限り、これを何度もやるモチベーションは保てないでしょう。




    もちろん、だからといって、不法就労を大目に見ろとか、不法就労は仕方がないとは言いません。簡単に「留学中にバイトしよう」って思ってる人はこのことを念頭において欲しいし、簡単に「働きたいなら許可取ればいいじゃん」って人ごととして言ってる人にもこの状況は念頭においておいて欲しいと思うんですよね。

    ついでに言うと、どんなに合法的にしっかり許可とろうとしてても、どうしても許可取れない(入管が面倒がって取り合ってくれない、または、入管が暗黙の目こぼしするから許可とりとかこないで欲しいと思ってる)こともありますからね。それが意外と多いってことも頭の片隅に置いておいてほしいです。ここのグレーラインの扱いはほんと難しいですよ。














おまけ)資格外活動許可申請を面倒くさがって不法就労させようとする雇用主を脅す文句をお教えします。今回のように不法就労が発覚すると、働いてた方も働かせてた方も罰金(&国外退去)が課せられます。聞いた話では1億ウォン(条件などあるので実際は違うかもしれません)。多少盛ってるとは思っていますが、次のように言うと比較的動いてくれます。

「もし、私が資格外活動許可を取らずにあなたの会社で働いてるのが入管にバレたらあなたの会社は1億ウォンの罰金を取られますよ」

  「私が国外退去になるんです」なんて言ったって「どーぞ、どーぞ」と言われるだけですので、雇用主の会社が多大な罰金取られると言ってください。数字はもちろんホントの数字の中で最も高額の場合のが効果的です。








    というわけで、今回の不法就労摘発事件から、資格外活動許可をめぐる事情と私の考えを書いてみました。

『焼肉ドラゴン』観てきました。



ある在日コリアンの家族のお話です。「在日」が日本にたくさんいるのを知っていても、どういう経緯で今のような状態になったのかとか知らない人も多いかと思います。それは「日本人」だけではなくて、「韓国人」も同じ。この映画、韓国でも上映してくれないかなぁと思いました。



 さて、映画をこれから観る方もいらっしゃるでしょうからストーリーの話はできるだけ触れないでおきたいと思います。背景や小道具などから当時の在日コリアンの環境について考えて観たいと思います。(ネタにも触れざるを得ないのでネタバレあり扱いでこの下はお読みください)












まず、背景の場所。関西言葉を使ってたこと、飛行場が近かったことからするとこの辺りでしょうか



航空写真で見るとこんな感じ






青々としたこの辺り、とすると川沿いの貧民窟のようなところだったのでしょう。話でよく聞きます。在日コリアン専用の居住区ではなくいわゆる底辺に暮らす貧しい人たちの集落ですね。建物たちの表情が、ソウルの博物館や資料館でみるパンジャチプ(板子家)とそっくり。結局、日本がとか韓国がではなくて、貧しさが作り出す風景なんでしょうね。ただ、この町、日本の田舎や古い町で見かけるような馴染みのある看板が付いていたりもし、馴染んだ昭和の日本っぽさも醸し出している。
  在日コリアンの立ち位置ってまさにこれ。韓国と日本の狭間、貧困と異文化の狭間。







済州島出身の在日コリアン一世のお父さん。同じく在日コリアン一世のお母さん。ふたりとも成人してから大阪に来たらしく、母語はコリア語。子供たちは日本生まれの在日コリアン二世。しかし、ちょっとした環境の違いで、幾らかはコリア語がわかる人も、全くわからない人もいる。一世である親も、子供に対しては日本語で話しかけ、親同士の会話はコリア語。近所にも同じような人たちが住むため、コミュニティの言語が日本語だったりコリア語だったり、日本語とコリア語のちゃんぽんだったり。半島から親戚が訪ねて来たり、流れて来たりするので、日々最大公約数で日本語かコリア語が決定される文化の狭間に生きる人。


  外の世界からは生まれや現在の住処などを理由に避けられたり虐げられたりする。それが常習化してしまってるため、「生きることは戦うこと」を信条に生きる人々。触れたらすぐ爆発する怒りっぽくて喧嘩っ早い在日コリアン二世。アイゴアイゴと泣きながら恨とともに一日を生きる一世。世の中を達観し諦めの境地を生きる人。クズのような生き方をする人たち。

   
    正当な対価を払って購入したはずの土地を国有地だと言って立ち退きを要求してくる役所。ちょっと都合が悪くなると最初にコリアンたちを解雇してくる労働環境。出会う日本人もその日暮らしのいわゆる底辺。底辺と底辺で世の中に絶望しながら昼からかっくらうお酒は密造したマッコリ。






映画は1968年から1970年が舞台。高度成長期で浮かれているときも、大阪万博に人が集まってくるときも、バラック村で闘いながら生きる人たち。その中に織り込まれる、チェジュ島の4.3事件と6.25戦争。振り上げた拳が空回りして絵に描いたダメ男になる人。どこからともなく現れる製造元不明のマッコリ(自家製と思われる。もちろん違法)。同じコリアンなのに『直輸入』との違いを感じる二世たち。同じコリアンでも言葉の通じ具合は多様なので、コミュニケーション可能な言語とメンバーを常に意識しながら生きる人。言葉のコリア依存度とべつに存在する生活習慣や所作に表れるコリア文化継承度。背景を知れば知るほど、セリフの一つ一つ、動作の一つ一つに彼らの世界の狭間っぷりを感じます。お父さんとお母さん役が韓国人の俳優さんでネイティブランゲージが韓国語だからこそ、家族内やご近所付き合いの狭間感をよりリアルに感じることができました。あの時点で、あそこに存在していた言葉は日本語でも韓国語でも朝鮮語でもなくピジン言語。国家のイデオロギーとは関係なく、小さな一つの家族の置かれた状況とその物語。私は身近に在日コリアンがいる環境で育ってはこなかったけど、自分が聞いたり調べたりした(そこから推測した)世界から鑑みても、在日コリアンの中にあのような家族があったとしてと何も不思議はないと思いました。




  映画はとても良かったし、いろんな人に見てもらいたいな思うものでしたが、映画は映画。記録ではありません。記録風映画。


舞台となっている1968-1970年の韓国ってどんなところだったか、ネットで写真を、探しました。






時期としては、北朝鮮の暗殺者が青瓦台のすぐ裏にまで来た時期です。ベトナム戦争のために兵士をどんどん派兵していた時期です。当時の在日コリアン一世はそんな感覚で半島をながめていたのでしょうねぇ。それを考えると、三姉妹の身の振り方についてお父さんとお母さんについてもさらに面白いかなぁと思いました。




土曜日。
韓国の大学教授によるタプサに行ってきました。タプサというのは、一言で日本語で表しにくいのですが、フィールドワークとか下見とか…とにかく観光以外の目的で「その辺を歩き回ること」です。時々やってる エナツアー  は、韓国語だとタプサ…ですね。





   

これは、建築学の先生が、建築学を学ぶ学生のために始めたものらしいです。今では、初期の学生たちが主体となって毎月開催しているのだとか。今回は厚岩洞をその地域で活躍している建築家の案内で回ってみることに。









建築事務所が…敵産住宅(日本式の古民家)でした。ああ、よほどこの系統が好きなんだな…うん、うん。




無料ツアーなのに地図、いただきました。



元病院の、少し前まで下宿やってた建物。今は『元の形を生かした改装』中。





厚岩市場、市場の建物自体も韓国では珍しい木造なのだそうです。







ここは、朝鮮時代、宮中の家畜の管理?か何かしていたところ…という石碑がありますが、日帝時代「かまくら保育園」というものがあったらしいです。カマクラが、設立者の名前なのか出身地なのかとても気になりました。







この辺りは戸建て住宅(多世帯住宅ではなく単独住宅)が多く、このようなエンピツビルの戸建てが多いのが特徴なのだとか。




道路の下に不思議空間を発見。地元の子供達が遊べる空間なのだとか。ここ、車の入れない広場なんですよね。その奥の平屋の集落が印象的でした。




日本家屋。




この建物を見て、1987の主人公の女の子の家を思い出したのは私だけでしょうか。






オフィステル。なんでこんな山の上に?と思ったら、三菱の合宿所跡地なのだとか。




今話題の解放村




この平屋の建物は、護国神社がなくなった後にたてられた、つまり解放後の建物だとしりました。日本家屋の技術のあるというかそれしか知らない韓国人の大工がたくさんいたんだって。








とてもステキなタプサでした。




先日こんなつぶやきから、ツイッター上で色々な意見が出ていました。








このつぶやき主は関西言葉母語話者ですが、一関東言葉というか一標準語母語話者として考えを書いてみたいと思います。



まず、前提として2点大事なことをあげたいと思うのです。それは

1.首都圏に住んでる人間のうち、本当に標準語ネイティブ(首都圏生まれ育ち)はそう多くない

ということです。ほかの地方からみたときに見落としがちではないかというのは進学や就職で上京して…パターンの人が(特に団塊の世代〜団塊ジュニアの前くらいまで)とても多いのです。横浜の自分の実家の周りの親世代はほぼそれなのですが(いわゆるニュータウン的な)、彼らの出身は東北・北関東がとても多く、中部や関西、九州、北海道もそこそこいる。四国と中国地方は若干レアなイメージでした。




   よくあるように、これらの人は移民一世代目なわけです。移民一世代目が過剰同化するという話は国を超える移民の中でもよくみられます。良いかどうかは別として、移民先の言葉をしっかりと身につけ、地元に帰ったときくらいしか母語を話さない。その根底にはコンプレックスや自分の母語はに対する恥ずかしさがあるようです。首都圏にいる地方出身者はそれに近い感じがします。コンプレックスや恥ずかしさについては親や地方出身の親しい友人に聞くくらいしかわからないのですが、聞く限りやはりあるようです。

  そこに、その方言を隠そうともしない(ようにみえる)関西人が来ると、どうやら心穏やかではないようです。なにしろ『都会に来たからには隠さなきゃ』とやって来た努力はなんだったんだろうと思わされるから。かな?  

   標準語への強いこだわりのある地域として札幌も挙げられます。が、比較的最近こんなことがありました。他地域からきた日本語ネイティブが標準語とアクセントを逆にしてしまい、別の単語になってしまったときです。(ようは『雨』と言ってるつもりで『飴』になったような状況)  北海道出身者がすかさずにチェック入れていました。


     厳しさには個人差もあると思うのですけど、もしかして「直さなければ」と多大な労力をかけた人の複雑な心のうちが『(私も◯◯さんも関東にきたからにはと頑張って直したのに)関西人はなぜ直さないわけ?』
ということなのかもしれないなと感じたりしました。






2.そもそも"直す"べきものなのか


  そもそも、お国言葉を標準語に比べて劣ったものとみて「直す」対象とするべきなのでしょうか。

  東京の山の手の言葉を元に標準語が作られたのは、明治。たかだか150年程度の歴史しかない言葉です。土地に根ざした言葉が、その土地で育った人の感性に影響を与えることを考えれば、標準語で育ってない人たちの感覚を全て標準語で表現することはできません。あ、だからといって、方言母語話者が『標準語は血の通った言葉を紡げない冷たい言葉だ』というのも納得いきません。だって、言葉に優劣はないんですから。

  だから、結論をいうと、なにかの欠点やミスのように方言を直す対象とみなすのはおかしいと思います。


  だからこそ、関西以外の地域出身の方が、『直そう』としてしまう標準語至上主義は残念だと思うの。



3.東京にくる移民は東日本語母語話者が多いからではないのか


  これは調べてみたいことの一つなのですが、東京にいる他の地方出身者の出身地域についてです。東北や北関東、甲信越くらいまでが圧倒的に多いのではないかと思うんですよね。これがなぜ重要かというと、一説によると日本列島で話されてる日本語は『日本語族』という複数の言語の集まりで、沖縄3言語のほかに、東日本語、西日本語、九州語があるからなのです。ええ、あくまでも一説なので認めないという立場もあります。
  これをもとに考えると、東京にいる移民は比較的東日本語母語話者が多いということになります。その中で少数派の中のマジョリティである関西語話者が入ってくると…。東日本語の中の方言の一つから東日本語ベースの標準語のバイリンガルになるより、西日本語から東日本語バイリンガルになるほうが労力がいる…なんてこと…あったりするのかなぁ。なんて。





   どちらにしろ、方言萌えするので、いろいろな方言が聞けるのは嬉しいし、どんどん話してもらいたいんですよね。また、聴くとその音をシャドーイングしたくなるのですけど…流石にそれをやられたら嫌だろうなと自制。どこの言葉でもどんどん話してもらいたい(けど、話せないだろうなというのは、こちらで浜言葉ほとんど使わない自分を省みても推測はできるんですけどね)





  ※私は「共通語」ではなく「標準語」という言葉を使ってきました。その理由は、この「標準語」は日本列島に住む人が円滑にコミュニケーションできるようにするために平和的に決めた共通語ではなく、近代国家形成の過程で、オカミが制定し強制した歴史を持つものだからです。