映画「いきたひ」を観て、9年前の家内の看取りが腑に落ちました | 川崎市宮前区の相続・遺言・家族信託・終活の相談室 雪渕行政書士事務所

川崎市宮前区の相続・遺言・家族信託・終活の相談室 雪渕行政書士事務所

40代~の子供世代とその親に向けて、介護経験者が「エンディングノート、遺言、相続、成年後見、家族信託、介護等」終活の知恵袋を公開中。『もしもの時の備え』なら、雪渕行政書士事務所へ

介護離職を経験&復活した終活サポーター・行政書士の雪渕です


昨日、長谷川ひろこ監督の映画「いきたひ」~家族で看取る~を観てきました。

タイトルは監督のお母さんが書かれたのだそうです。

いきたひ


1時間弱の映画では、
・親を娘を自宅で看取った方々の姿、インタビュー
・亡くなられたあとに抱きしめ、声をかけ、これまでの人生でご本人が蓄えられエネルギーをもらう
・看取り士さんのお話
・監督がご自分のご主人をお子さんと共に看取られた時の様子
が監督自らの死生観を交えたナレーション、演奏によるBGM、歌と共に映像化されたドキュメンタリー物語です。


監督と言っても、フリーアナウンサーで、4人のお子さんを持つ主婦、本映画製作にあたり、様々な人の協力をいただかれたそうです。

この映画の上映イベントをFacebookで知り、プロフィールを拝見したら、私と同じく「配偶者と死別」と。

そして、どういう思いでご主人を看取られたのか、映画を通じて知りたくなったわけです。

私は、大切な人を自分で看取ったのは、家内が初めてでした。

風邪一つひかず元気で20年の結婚生活を送ってきたのに
特発性間質性肺炎(難病)と診断され
肺のドナーを待つようになり
余命半年の宣告を受け
在宅酸素生活に入り
定期検診目的で入院した病院で急性増悪

在宅ではありませんが、病院で最期の8時間ずっとそばにいて手を握っていました。

「ゆーちゃん、いっぱい、いっぱい、ありがとう・・・」

最期の言葉でした。

私にとっての看取りは、この最期の8時間だと思ってきました。

だから、家内が亡くなった後も、荼毘に付されて遺骨になった瞬間だけは、落涙しましたが、その後の生活で、これまで一度も泣きませんでした。

私は冷たい人間なのだろうか?という思いが常にどこかにあり、今回の映画を観て、そうではないことが、はっきり分かりました。

家内が難病だと診断されてから、最期までずっと一緒に暮らした、1年あまりの時間が、私にとっての看取りであったことが。。

会社の職場や仕事仲間に、家内のことを告げ、それ以降は、毎日定時に仕事を終え、入院先や自宅に駆けつけました。

家内はそんな私が帰ってくるのを楽しみにしていました。
この時間をかけて、二人でドナーが現れなかったら・・と死を受容していたのでした。

家内の実家のお母さんには、私がいるから見舞いに来なくてもよいと連絡をし、あとでわかったことですが、私の母にも、ごめんなさいの手紙を送っていました。

それでも元ナースであった家内にとっては、様々な思いがあったはずで、強い薬の副作用もあり、わがままになりましたが、それでも私の前では一度も泣き言を言いませんでした。

「ヒゲが生えてきて、クマゴロウになっちゃったよ」
「ゆーちゃんが、私のパンツを洗うことになるとはね~」

なんて可愛い女性なんだろう。

そんな彼女に私は二度目の恋をしました。

まだその思いは続いています。

私の残りの人生は、彼女の看取り経験、両親の介護経験を元に終活を啓蒙すること。

生まれ変わったら、また彼女を探したいと思っています。