こんばんは、しばらく更新が滞ってしまいすみませんでした。その間もこのブログを訪れペタを付けたり、コメントをくれたみなさま本当にありがとうございます。

ヨーロッパはすでに秋を通り越して初冬に近付きつつあり、毛布を1枚しか掛けずに寝ていたらしっかりと風邪をひいてしまいました。

今年の風邪はしつこいらしく咳がなかなか治らず、「ゴホゴホ」咳き込むたび友人たちに冷たい視線を向けられています。

大学では新しい先生に指導してもらうことになり1ヶ月が経ちました。普段は"温厚なおじいちゃん"という雰囲気ながら音楽が関連すると声も低くなり鋭い眼光を投げかけてくる先生に、最近ようやく慣れてきた気がします。

定期的な更新を目指してがんばろうと思いますので、これからも訪れていただければうれしいです。

日本も秋の気配が増して日の沈むのが早くなったでしょうか。こちらも夏の間は午後8時を過ぎても明るかったのに、6時半ごろには暗くなってしまいます。

冬の気配を感じる風に吹かれながら星の瞬く夜空を見上げていると、頭に浮かんでくるのは桜井先生との想い出でした。

あの日、初デートから数日が経った夏の夜。外はまだまだ昼間の熱を残し、時折肌を掠める風が涼しさを運んできます。

私は大学の練習室を後にしスーパーに寄ろうかどうしようか迷いながら、冷蔵庫に何が残っているかを考えていました。

「今日の夕食はどうしよう...まだ残っている野菜もそろそろ使いきらないといけないし、一人暮らしって大変」

無意識に零れ出た独り言に気付き苦笑していると、突然カバンの中で携帯電話が震えびっくりさせられます。


もともと友人が少なかった私は携帯電話が苦手で、美歌にもよく「電話したらちゃんと応答してよね!」と怒られていました。

サークルの合宿を終えた美歌からかなと思い慌ててカバンから携帯電話を取り出し開くと、目に飛び込んできたのは予想外の名前でした。

液晶画面で光る名『桜井響一』の文字を見つめていたら、二人で海へ行った日はつい数日前なのに昔のような気がします。

先生に会いたい気持ちが大きくなるのを意識しながら、通話ボタンを押しました。


「もしもし、詩音です」

すぐに大好きな優しく響く先生の声が聞こえてきました。

「もしもし、詩音。今話ししても大丈夫?」

電話を通して初めて聞く先生の声はいつもより少し、ほんの少しだけですが低く感じます。

「うん、大丈夫。大学の練習室を出たところで、これから買い物をして帰る途中なの」

先生と話しながら駅へ向かう道をゆっくりと歩きます。墨色に染まった空にはいくつかの星が輝き始めていました。

「そうか、練習室に行ってたのか。僕もさっき会合が終わって今から地下鉄に乗り換えるところだよ」

大学の先生というのは普段の授業意外にも色々と会議や集まりがあるようで、この日は他の音大で教鞭をとる先生方を交えた交流会のようなものがあったそうです。

「お疲れ様、夏休み中なのに大変だね。私、大学の先生ってお休みが多いんだろうなと思ってた」

そう言うと、苦笑交じりの笑い声が伝わってきました。

「実は時間外労働が多い職業なんだよ。でもこれで後期が始まるまでは会議も委員会もない」


私はちょうど駅と学校の中間地点に差しかかり、ふと視界に映った小さな公園で足を止めました。

先生の声をちゃんと聞きたくて誰もいない公園でゆれるブランコに腰をおろそうとした瞬間、墨色の空で光る星がさっきより増えていることに気がつきます。

「ねぇ、先生。今、駅と学校の途中にある公園のブランコに座ってるんだけど星がきれい」

何となく口をついて出た言葉で特に深い意味もありません。ただ自分が見ている景色を先生にも伝えたかっただけなのです。

「公園?あぁ.......あのブランコと砂場がある公園か」

そういえば先生は地下鉄に乗り換えるところだと言っていました。そろそろ携帯電話の電波が入らなくなるかもしれません。

「先生、電車は大丈夫?」

乗り換えの合間にかけてきたのだから急ぎの用があるのかもしれないと思い直し、聞いたのですが無言のままです。

「......................................」

もう一度「先生?」と呼びかけると今度は声が返ってきました。

「っ、ごめん。大丈夫だよ」

走ったのでしょうか、息があがっています。

「私、後で....」

私の言葉は途中までしか言うことができず、「かけ直そうか」と続けることはできませんでした。

「地下鉄の改札に向かおうとしたんだけど、今外に出たんだ。詩音が見ているのと同じ空が見たくなったから」


こういう先生の優しさが私は大好きでした。そして季節を問わず星空を見上げると必ずこのときを想い出します。

ずっとずっと何年、何十年と一緒に沢山のものを見ていくんだろうと当たり前のように考えていました。

でも、もう二人で同じ景色を目にしたり同じ音を耳にする喜びは永遠に感じられません.....


午後になると夏の日差しは眩しさを増し、海岸沿いに設けられた遊歩道を歩く私と先生に照りつけます。

それでも時折強く吹いてくる海風と道端に植えられた樹の陰のおかげで、あまり暑さを感じずにきれいな海を堪能できました。

しばらく歩いたところで先生が足を止め、車道をはさんだ向こう側を見ています。海に訪れる人を相手にしているのでしょう、パラソルの下でペットボトルのジュースやアイスクリームが売られていました。

「詩音、アイスクリーム食べようか?ちょっと歩き疲れただろう」

そう言った先生の指差す方向には木陰の下に等間隔で並べられたベンチがあり、少し休憩するにはぴったりです。

「うん、アイスクリームおいしそう」

バニラやチョコレートなど数種類のフレーバーがあるようで、小さな男の子がどれにしようか真剣に悩んでいます。


私はチョコレートミントを先生はキャラメルを注文しました。大き目のワッフルコーンに盛り付けられたアイスクリームは、早く食べないとすぐに溶けてしまいそうです。

ふたりでベンチに座って急いで口をつけたのですが、私は手に持ったアイスクリームよりも先生ばかり見ていました。

私の想像では男の人はあまり甘いものが好きじゃないんだろうなと思っていたので、先生がキャラメルを選んだのがちょっと意外だったのです。

そんなことを考えていたら手元から注意がそれていたようで、私のアイスクリームは溶け始めていました。

「詩音、早く食べないとなくなっちゃうよ」

自分のコーンに目をやるとアイスクリームの形は崩れていました。このままでは食べるスピードが追いつきそうもありません。

すると先生のスプーンが伸びてきて私のコーンからアイスクリームをすくいました。

「ほら、交換しよう」

先生のコーンにはまだ溶けていないアイスクリームが半分ほど残されています。

「でも、私の......」

溶けかけを渡すのをためらう私からすばやくコーンを取ると、そのまま何でもないようにスプーンを口に運んでいます。

結局、私が先生のキャラメルを先生が私のチョコレートミントを最後まで食べたのですが先生が食べたアイスクリームにドキドキして味を楽しむ余裕はありませんでした。


しばらくベンチに座って海を眺めていると、先生が思い立ったように「ここで待ってて」と言い残してアイスクリームを売っていたパラソルの方へ歩いていきます。

どうしたんだろうと不思議に思いながら待っていたのですが、先生はすぐに戻ってきました。手には使い捨てのカメラが握られています。

そういえばジュースやお菓子に並んでカメラが置いてあったような気がします。海に遊びに来た人が記念に写真を撮るのでしょう。

「ふたりで写真撮ろう。さっき目に入って詩音との想い出を残しておきたくなったんだ」

私自身、あまり写真が好きではなく旅行先にもカメラを持っていかないほどでした。だけど先生との初デートを私も見える形で手元に置いておきたいし、普段は外で会えないからなおさらです。


風景のいい場所をさがしに海岸へおりてみることにしました。さらさらとした砂が太陽の熱を吸収して焼けるようです。

なるべく日陰を選びながら歩いたところで、先生がそばを通りかかった男女を呼び止めて写真を撮ってくれるよう頼みました。

快く引き受けてくれた方は先生より少し上の世代でご夫婦みたいです。海を背景にしてふたりで並びました。

「もう少し寄ってください。できるだけ後ろも写るように撮りますね」

カメラを構えた男性に言われ先生との間隔を縮めます。ただでさえ写真嫌いなのに、緊張してうまく笑顔が作れません。

1枚撮り終えて出来上がった写真を見るのがこわいなと思っていると、ふいに先生が肩を抱き寄せました。

「すみません、もう1枚お願いします」

カメラを持った男性も、「その方が仲がよさそうでいいね」と言っています。しかしドキドキし過ぎた私はもっと笑顔が作れなくなってしまいました。


時間が過ぎるのはあっという間です。気がついたら太陽の光はオレンジ色に染まりはじめ、そろそろ夕焼けが近いことが分かりました。

ふたりで手をつなぎながら砂浜を歩き、今にも沈みそうな太陽を見つめます。私が望んだとおりビルもマンションもないところから見る夕焼けは、いつまで見ていてもあきず吸い込まれてしまいそうに美しいものでした。

真っ赤な太陽に照らされたオレンジ色の空がだんだん澄み色に変化していく様は、言葉では形容しがたいほどです。

「本当にきれい...私、夕空が一番好き」

そう言った私の手を引き寄せて先生がそっと抱きしめます。周りに人影はまばらでしたが、耳元でささやきました。

「詩音に初めて練習室の廊下で会ったときも、きれいな夕空が広がってた。けど、ぼくは夕焼けよりも窓辺に立つきみに目を奪われたんだ」

私たちは太陽が完全に地平線の彼方へ姿を消すまで、お互いの体温と鼓動を感じていました。


この日、海岸で撮った写真は今も手元にあります。

私の大好きな柔らかな笑みを浮かべた先生と緊張した表情の私。

数ある写真の中でも大好きな一枚です。


窓外に広がった夏の日差しに輝く海が視界から消え、先生の運転する車が駐車場へと入っていきます。

お盆が過ぎた後の平日とはいえ以外に込んでいるようで、一台分だけ空いていたスペースに停めることができました。

冷房の効いていた車内から外に出たとたん、お昼近くの射すような日差しがいつもより眩しく感じます。

「少し早いけれどお昼にしようか。それにしても海の近くは暑いな」

車のキーを閉めた先生も予想以上の暑さにおどろいたようで、頭上に高々ときらめく太陽に視線を向けました。


駐車場を出ると海沿いの道につながる階段があります。風が運んできたのか海辺の砂が散らばっていました。

階段に足をかけたとき一瞬、サンダルではなくもっと歩きやすい靴でくればよかったかなと思ったのですが時すでに遅く...............

数段上ったところで階段のへりに積もっていた砂に足をとられた私は、前のめりに転びそうになったのです。

「あ、....」

バランスを崩し咄嗟に手をつこうと前に出します。けれど、私の手は階段に触れることなく転んだときに感じるはずの鈍い痛みもありません。

半歩前を歩いていた先生が「詩音!」という声と共に、手を握ってくれたおかげで転ばずにすんだのでした。

「大丈夫?びっくりしたよ、手にけがなんかしたら大変だ」

そうです、普通ならば転びそうになると真っ先に手をつきますがピアノやヴァイオリンに限らず楽器を演奏する人間は手の怪我が致命傷になりかねません。

「ありがとう、私もびっくりした.............」

しかし手の怪我よりもこのときの私は、先生の手にしっかりと握られた自分の右手と「詩音!」と呼んだ先生の声しか心にありませんでした。


階段を上り終えても先生は手を離そうとせず、ずっとつないだままです。さっきまでは海風とそれに乗ってくる熱気しか感じていなかったのに、今は先生の手のぬくもりに全神経が集中していました。

手をつなぎながら少し歩いたところで、いくつかのレストランやカフェが見えてきて先生が「ここに入ろう」と言います。

海に面したテラス席には犬を連れた人が多く開放的な印象でした。入り口で人数や喫煙の有無をたずねられ先生が答えています。

案内された席は大きな観葉植物が置かれた横の席で、右手の窓からは海をみることができました。

天井で静かに回るファンの涼しい風を心地よく感じながら、手渡されたメニューを眺めます。

一通り見たところでメニューから顔をあげると、先生に「何にするかきまった?」と聞かれました。

ちょっと迷ったのですが『今日のパスタランチ』がおいしそうだったので、それにすることに決めます。

「今日のパスタランチにしようかな、ドリンクはアイスミルクティー。先生は?」

そう聞き返したところへタイミングよく席まで案内してくれたウェイトレスの人がオーダーを取りにきました。

一瞬、ほんの僅かですが「先生は?」と言った私の方を怪訝そうに見ます。そして私と先生に交互に目をやった後は、「ご注文はお決まりですか?」と元通りの笑顔を浮かべました。

「今日のパスタランチを二つ。ドリンクはアイスミルクティーと、ぼくはアイスコーヒーにしてください」

先生が注文してくれている間も私は、さきほど自分に投げかけられた視線を思い出していました。


確かに考えてみれば手をつないで入ってきたのに、私が「先生」と呼んでいれば不自然に写って当然です。

注文を確認してウェイトレスの人が去っていくと、先生が真っ直ぐにこちらを見ていました。

そして車の中でと同じはにかんだような笑顔を見せると、やっぱり同じように早口で言います。

「詩音、二人でいるときだけは名前で呼ばないか?ぼくのことは“響一”って呼んでほしい......」

また先生に名前を呼ばれました。大好きな先生の声だと聞きなれた自分の名前すら、何だか愛おしくなります。

「うん、私も“詩音”って名前で呼んでほしい。さっきね、転びそうになった時ね初めて名前呼んでくれてうれしかったの」

話しながら頬に赤みが増していくのが分かります。そこへちょうどよく先に持ってきてほしいとオーダーしたドリンクが運ばれてきました。


私たちの前に並べられたアイスティーとアイスコーヒーの氷がカランと涼しげな音を立てます。

ガムシロップとたっぷりのミルクを入れたアイスティーは冷たくてとてもおいしく感じました。先生はというとガムシロップもミルクも入れずに飲んでいます。

「先生、コーヒーはブラックが好きなんだね」

何気なく口にした一言に先生の言葉が返ってきました。

「詩音、先生じゃないよ」

習慣というものはすぐには直らないようで無意識に「先生」と呼んでしまったのです。

「あ...コーヒーはブラックがすきなんだね..................響一さん」

最後のほうは消え入るような小さな声になってしまいました。先生も少しだけ照れたように笑っています。

パスタが運ばれてきて窓の外の海に目を奪われたまま食事をしている最中にも、また「先生」と呼んでしまいました。

「海を見てると東京にいるのを忘れてしまいそう。本当にきれい、先生...」

今度は言った直後に自分で気がつきます。あわてて「響一さん」と呼び直しすと、先生は向かいで笑うだけでした。


カフェを出てさっき歩いた海沿いの道に戻ります。半歩前の先生がふり返ると、「ほら」というように左手を差し出しました。

大きくてあたたかい先生のてをにぎりながら、私は好きな人の名前を呼び呼ばれるときの幸せを感じていたのです。

今も私は先生の優しい声が「詩音」と奏でる瞬間を鮮やかに想いだします。そして叶わないと知っていても、もう一度だけ聴きたいと願わずにはいられません.....


こんにちは、いつもこのブログを訪ねてくださってありがとうございます。日記は必ず三日坊主の私がこうしてブログを綴っているのも(若干サボリ気味のときもありますが...)、読んでくれる方がいるからだと思っています。

今年の夏はは猛暑だと聞きましたが、日本はまだまだ暑い日が続いているのでしょうか?

私の住むヨーロッパは夏が終わり早くも秋の気配が近づいています。今朝方は気温14℃という寒さに、セーターを引っぱり出しました。

9月になっても残暑が厳しいと思うので体調には気をつけてくださいね。そして、またここを訪れてもらえたらうれしいです。


ところで、先日とっても驚いたことがありました。ある雑誌の中で先生によく似た方を発見したからです。

きっかけは来月に日本へ帰国してしまう友人がくれた日本の雑誌でした。彼女が引越しの際いらなくなった楽譜や本を引き取ってほしいと言うので、お言葉に甘えてアパートへ行き好きなものを選ばせてもらったのです。

ダンボールの影に積まれた文庫本の横に雑誌の山があって、私はその中の数冊をパラパラと捲っていました。

手にしていた芸能情報誌には知らない顔ばかりが写っています。もともと日本に住んでいた頃から流行のファッションや人気がある芸能人には疎かったのですが、もはや浦島太郎状態です。

そんなことを考えて苦笑していた私の目は、見開き1ページに大きく掲載された写真に釘付けになっていました。


写真の下に書かれている文章によると、今すごく人気のあるお笑いコンビだということです。

けれど私の意識はインタビュー記事よりも、写真に写っている人物に吸い寄せられているようでした。

そのお笑いコンビの一人が大好きな桜井先生によく似ていたからです。特に横顔がそっくりに感じました。

真剣にインタビューを受ける様子や笑った顔、デビュー当時の様子など色々な写真が載っていて、あまりに見入っていた私は友人に声をかけられたのも気がつかなかったほどです。

はっと我に返り聞き返すと、「雑誌も処分しようと思ってたからほしいのがあれば持ってて」と言っています。

結局、文庫本と楽譜に加えその雑誌ももらってしまいました。帰宅しても先生によく似た人のことが頭から離れません。


つい窓際のデスクに飾っている先生の写真とも見比べてしまったのですが、第一印象というか顔の雰囲気が似ているんだと思います。

もちろん別人ですから細かなディテールは異なります。それに雑誌に書かれていたプロフィールによれば、歳は先生よりも若いです。関西出身の方ということなので、きっと話をしている時の雰囲気は全然ちがうのでしょう。

でも身長が先生とまったく同じだったのにもう一度びっくりさせられました。


生きている人に死んだ人の姿を重ねたりしたら、その方に失礼だというのは分かっているつもりです。

それでもテレビで話をしているところを見たいなと考え、同時に芸能界で長く活躍してもらいたいと思う自分がいました。

私が決して会うことのできなかった40代、50代の先生、そしてもっと先の姿を少しだけその方から想像できる気がしたからです。

ご本人やファンの方々が目にしたら良い気分でないことは承知の上で、こんなことを書いてしまいすみません。


もし先生がいなくなってしまった直後であったなら、私は今のようには感じなかったと思います。

きっと先生に似た人に先生を重ねて悲しみに沈むだけで、1年後のことはおろか明日のことすらどうでもいいと投げやりでした。

あの日、先生が空の上に行ってしまってから3年。悲しみが消えることはないし気持ちの整理もまだ長くかかりそうですが、10年後20年後の未来を考えるようになった自分に気がつきました。


先生、いつも心配しかかけていない私だけれどまた少し安心してもらえましたか?

そうそう、先生によく似た方が載っていた雑誌は取ってあるけれど焼きもち妬いてくれるかな。

もし妬いてくれたなら今夜あたり夢に出てきてくれると、うれしいのですが...

8月半ば、お盆が過ぎたばかりの暑い夏の一日に私と先生は初めてのデートの約束をしていました。

「たった今なかなか外では会えないって言ったばかりだけれど...来週デートしませんか?」

僅かに困ったような笑顔を見せていた先生は、私が大きくうなずくのを見るといつものように柔らく笑いました。

そんなことを想いだしながら私はポーチから鏡を取り出し、耳の後ろで軽くまとめた髪の毛やさっき付けたばかりのリップを確かめます。

何を着ようか昨晩いっぱい迷ったのですが結局、パフスリーブとリボンがお気に入りの白いワンピースに細いストラップのサンダルと夏らしいカゴバッグを合わせることにしました。


約束の時間より15分ほど早く、待ち合わせ場所である大学から少し離れた駐車場に着いてしまいました。

住宅街に囲まれた小さな駐車場なので誰かに姿を見られる可能性は少ないと分かっていても、何だか落ち着かず木陰で先生の車を待ちます。

10分も経たないうちにブルーのフォルクスワーゲンが駐車場から入ってきて、ゆっくりと私の前に止まりました。

運転席に目をやると先生です。急いで助手席のドアを開けて滑り込むように乗りました。

「.........だいぶ待たせたかな?ごめん、屋内で待ち合わせすればよかったね」

少しだけ目を細めてシートベルトをかける私を見ながら冷房を強くしてくれます。

「ううん、私が早すぎたから。それに木陰にいたから大丈夫」

涼しい風を心地よく感じながら、初めて見る先生のプライベートな姿にドキドキします。車と同じきれいなブルーのジーンズとベージュのニットがよく似合ってるなと思いました。

車の中は微かだけれど、先生に抱きしめられたときに感じたにおいと同じにおいが漂っているようです。


「道が空いてれば1時間もかからないかな。.......今日はいつもと少し雰囲気がちがうね」

待ち合わせ場所の駐車場を後にして広い通りに出た頃、真っ直ぐ前を向いたまま先生がとうとつに口を開きました。

「.........えっと、先生どこに連れて行ってくれるの?道はけっこう空いてるみたい」

先生の声が普段より低い気がしてドキッとします。車は大きな交差点に差し掛かり信号待ちのため停まりました。

「その髪型すごく似合ってる。学校でのきりっとした風もいいけれど、今日みたいな感じ好きだな....」
ハンドルからは手を離さず顔だけをこちらへ向けると私の問いには答えず、はにかんだように笑って早口で言います。

私は物心ついた時から背中につくロングヘアーなのですが、ヴァイオリンを弾くのに面倒なこともあって大学では無造作に頭の上にまとめていました。
先生はすでに運転に集中しているようですが好きだな」という言葉が何度も響いて、頬がうっすらと赤くなるのが分かります。


車はいつの間にか夏の眩しい日差しをキラキラと反射する海が臨めるエリアに入っていました。

研究室で先生からデートに誘われた後、「どこか行きたい場所はある?」と聞かれ、きれいな夕焼けが見たいとリクエストしたのです。

もともと空を眺めるのが好きだった私は、高い建物が視界に入らない場所でどこまでも広がるオレンジ色の光を見ていたいと思っていました。

この海辺ならきっと想像以上の夕空が広がりそうです。車がスピードを落とし目的地に到着したことが分かりました。