昨夜は久しぶりに早く帰ってこれたので簡単な夕飯を済ませてブログをアップしようと思ったらメンテナンス中でした。
メンテナンス時間は日本の真夜中から明け方にかけてなんですが、時差のあるヨーロッパだと午後7時頃に当たってしまうんです。
ブログをアップするのは断念したものの書こうと思っていた内容が頭に浮かんで消えず、先生とであったばかりのころに戻れたらなどと無理なことを考えては涙が止まらなくなってしまいました。
大学に入学してまもない5月、キャンパスには新緑の清々しい香りがあふれる頃。練習室に楽譜を忘れてきた私は、オレンジ色の光に包まれながら校舎へと引き返しました。
土曜日の夕方ということもあってか校内は不思議なほどの静けさに包まれていたことを覚えています。練習室は各個室に番号がふってあり、私は廊下の一番奥「20」番の練習室を好んで使っていました。
窓から差し込む夕陽が長い影を作る中、心持ち早足で練習棟の長い廊下を進みます。すると突然私の耳にショパンの「幻想即興曲」が聴こえてきました。
ショパンが遺した数あるピアノ曲の中でもよく知られている「幻想即興曲」はコンサートやCDがもちろん何十回、何百回となく耳にしています。しかし練習室の奥から響いてきた音は私が聴いたことのある「幻想即興曲」とは何かがちがっていました。
厳密に言えば特に何かが変わっているというわけではないのですが、「すごく清らかで澄んだ音」というのが正直な印象です。
音大には常日頃たくさんの音があふれていても思わず足を止めて聴き入ってしまうような音というのはごくわずか。本当に「清らか」という表現がぴったりでした。
そんなことを考えながらさらに廊下を進むと、だんだんピアノの音が大きくなります。そして「20」と表示がある練習室の前にたどりついた私の目には「幻想即興曲」を弾く人物の後ろ姿が飛び込んできました。
土曜日しかも陽が傾きかけた時間についさっきまで使ってた練習室を他の誰かが使っている偶然におどろきつつ、演奏が終わったら楽譜を取らせてもらおうと思い廊下の窓からオレンジに染まった校舎に目を細めます。
背中から聴こえていた「幻想即興曲」が終盤に差し掛かった頃ふと演奏が止み、ドアが開く音がして私は慌てて振り返りました。
そこには廊下に突然あらわれた私の方を少しびっくりしたような表情で見つめる男性の姿がありました。
私は「あ、あの中に楽譜を忘れてしまって。取ってもいいですか」と忘れかけていた当初の目的を思い出します。
彼は納得したようにうなずいて柔らかく微笑むと、
「もしかしてこれかな」と入り口横に置かれた小さなデスクを指差しました。
そして楽譜を手に取ると「はい、どうぞ。水川詩音さん」と初めて会ったはずの私の名前を口にしたのです。
練習室の細く開けられた窓からも西日が差し込んですべてをオレンジ色に染め、爽やかな風と向かいの講堂で練習している学内オケの演奏が微かに聞こえていました。