ある営業マンの話 | sally021さんのブログ

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今日は以前交流パーティーで知り合った社会人の方とご飯に行った。


その方は今営業をしてはるんやけど、新規をとる営業ではなくて既存の契約会社の見積もりとかをメインでやってはるらしい。


で、もっとお客さんと近い仕事がしたいから、転職を考えてはるそう。


そのために今、営業や経営について学んでる最中らしい。



その先生の歩みが、聞いてておもしろかった。


(うろ覚えで、多分いろいろ間違ってると思うけど…;)









彼は高校のときはヤンキーやって、大学には進学しなかった。


その後、上がっていきたいと考えたとき、自分が成り上がれるのは実力主義の営業だと思った。


そこで、不動産に入社した。

不動産はうちが働いてたとこもいろんな人が働いていた。


大手企業の元社長、パチプロ、大学中退…


様々な人のいる環境の中、彼は努力の中で成績を出した。





年収3000万





彼は、一気にのし上がった。


自信に満ち溢れていた。






あるとき、営業のセミナーに参加してみた。


隣には保険の営業マンが座った。



彼と会話する中で、

「年収いくらもらってんの?」

と尋ねられた。




彼は、自信満々で、

「3000万です」

と言った。






すると保険の営業マンは、



「そんなもんか~」




と言い放った。





そいつは、億稼いでいた。




「保険だったらもっと稼げるよ」









彼は、保険業界に入ることを決心した。




保険会社の面接を受けて回った。




しかし、次々に落ちた。




保険は大卒採用が一般的である。



彼には学歴がない。







次が、最後の会社だった。


彼はたんかをきった。





「採用しなかったら絶対後悔しますよ。


後悔することを証明してみせますよ。」






後日、採用の連絡が入った。




彼の保険営業マンとしての人生がスタートした。




その会社では、新入社員は1か月目はノルマが課せられない。


2か月目からが勝負だった。






そしてその2か月目、


彼は鮮やかに社内No.1を勝ち得た。





一見、華やかで元々営業向きだったのではないかと思うが、


実はその陰には計り知れない努力があった。




この頃の彼の睡眠時間は1、2時間。



彼は手書きの案内を作り、一軒一軒郵便受けに入れて回った。


また人間性をかって契約してもらえるように、何度も話しにいった。




お金が安いからって契約してもらえても、他に安いのができたらそっちへ流れてしまう。





「この人が言うんやったら買ってもいい」





そうやって『人間性』をかってもらうことを、彼は第一に考えていた。





不動産時代であるが、彼が訪問している中には80歳のおばあちゃんがいた。


周囲の営業マンは、そんなおばあさんが家を買うわけないと彼を嘲笑った。


それでも彼は通った。
そこに理由があったから。

おばちゃんは自分と話したがってる。


自分が必要とされてる。






通い続けたある日、おばあちゃんの息子が家を買った。


次に、おばあちゃんから噂を聞いた親戚が家を買った。


さらに近所の人が、と続々と家を買う人が現れた。





みな、あのおばあちゃんに勧められて。








そうした努力が重ねられ、彼は保険業界No.1を手にした。



その努力は続けられ、No.1は常に彼がとるようになっていた。





彼の努力は、半端なものではなかった。



しかし、そのときはその努力が身体を蝕んでいるとは知りもしなかった。






彼は、病を患い入院することになった。





「業界No.1がついに代わるぞ」


こんな噂が業界に広まった。




すると、そうはさせまいと今までの顧客が新規に保険に入る人を連れて来て、


彼に判だけもらおうと長蛇の列ができた。





「この人のためなら」






彼は、本当に人間性をかわれていたのだった。





しかし、彼は判を捺さなかった。



しっかりとした説明をできていない顧客に対し、契約することはできなかった。

その人に合ったプランでないものに判を捺してしまったり、納得してもらえないまま判を捺してしまえば


その後に満足してもらえないのを彼は知っていたからだ。




しかし顧客の要望ではあったので、信頼できる上司に説明をお願いし、契約の判を捺した。







その月も彼は入院しながらにして、No.1をとった。







その後講演会の依頼も多々くるようになり、独立し、自分の会社を経営するようになった。




しかしまたある時体調を壊し、入院することになった。


その時彼は自分がやり残していることに気付いた。






"後継者を育てる"






それが今日うちと一緒に食事した方が通っているセミナーであったり、


一般の方に聞いてもらうための講演会であったりである。








彼の魂は、セミナーを通して、講演会を通して、これからも生き続けていくだろう。