【まえがき】

 経済産業省の試算によると、世界に流通しているアニメの60%、韓国文化コンテンツ振興院によると65%が日本製である。また、2004年に経済同友会が行った「ソフトパワー指数について」というアンケートで、「貴地において人々に好まれている日本文化を教えて下さい」という問いに対して、3位生け花・茶道などの伝統文化、2位に日本料理、1位にテレビ番組(アニメ・ドラマ)、映画、音楽、マンガという結果が出た。

 このように、世界有数のアニメ産業国となった日本であるが、ビジネス面についてはまだ確固たる地位を築いているとは言い難い。日本のアニメが世界のエンタテイメント文脈の中に銘記される存在となるためには、アニメを作るだけでなく、それを運用するビジネス面での戦略はかかせない。

 そのために必要であることは、「日本のアニメビジネスについて議論を尽くすこと」なのである。


【産業としてのアニメ】

<TVアニメ製作規模・製作費市場>

 ・日本の2005年度のアニメの総製作分数は、10万5227分。その約95%に当たる、10万320分が30分フォーマットシリーズ番組である。


 ・現在、アニメ関連株式会社公開企業で制作部門を抱えているのは、東映アニメーション、トムス・エンターテイメント、GDH、プロダクションIGの4社に限られる。しかし、これらの企業決算書ではいずれもトータルの製作費は記載されているが、TVアニメの平均製作費を割り出すために必要な製作数まで示されているのは東映アニメーションのみである。(※他3社は、TVアニメ、劇場、OVAなどのカテゴリが一緒になってしまっている。)


 ・「キッズ・ファミリータイプ」アニメの平均製作費は1話約1100万円。「青年層タイプのアニメ」は1500万~1600万。また、萌え系アニメを含めると動きが減少するため、1400万円位になる。

この、製作費が違う理由は、ビジネスモデルが違うためである。

  ①キャラクターグッズ販売がビジネスの中心構造にある「キッズ・ファミリータイプ」に対し、「青年層タイプ」のそれは映像そのものである。つまり、購買層であるいわゆる「アニメファン」の厳しい要にこたえるクオリティが必要とされるため、製作コストがかさむ。

  ②製作数の多さに関わらず、TVシリーズにかかるプリプロ作業の手間はほとんど同じのため、最低1年単位で製作される「キッズ・ファミリータイプ」に比べ、話数が少ない「青年層タイプ」は割高になってしまう。


<劇場アニメ製作規模・製作費市場>

・1980年代に一挙に製作数が増えたものの、それ以降の公開本数に変動はなく、年間30~40作。


劇場アニメの2001~2006年の平均分数製作費は、324万4458円。これはTVアニメ(2タイプ併せて)の5倍~6倍になる。その理由は、脚本をはじめとするプリプロ費、メインスタッフの拘束費、原画や美術、動画・彩色などの発注単価が高い上に、製作が長時間にわたるのでスタッフの基本的な「ビロウ・ザ・ライン」が違ってくるからである、。さらに、声優に知名度の高い俳優の起用、5.1チャンネル仕様などのハイクオリティな音響、さらにフィルムレコーディングなどの予算が加わるためそれくらいになってしまう。


<OVAの製作規模・製作費市場>

劇場アニメとテレビアニメの中間で、分単位の単価は約138万円。


<日本のアニメ製作市場>

TV、劇場、OVAなどの数字を合計すると、2005年のアニメ製作市場は約532億である。




≪参考文献≫

『アニメビジネスがわかる』/増田弘道/NTT出版/2007年8月6日発行/「第一章 産業としてのアニメ」








【はじめに】

 「メディア」について言及する人の多くは、「マス・メディア」について語るが、“情報を伝える”の「メディア」だとすれば、1枚のチラシからテレビまで、メディアにも大小様々ある。このような「メディア=マスメディア」という大前提崩さない限り、メディアの構造と実態はとらえられない。


 最も重要なことは、情報が到達する人数ではなく、しかるべき人に情報を伝えることである。そこで、狙ったターゲットに情報を伝えていくのに適したメディアとして「雑誌」は最適なのである。この「雑誌」を筆頭に、ターゲットを的確に絞り込んできたメディアを“ターゲット・メディア”と称する。


 テレビや新聞はとにかく広く“みんな”に伝えることを得意とする“マス・メディア”。インターネットは、検索など“一個人”の情報収集に役立つ“パーソナル・メディア”である。

 しかし、“マス・メディア”“パーソナル・メディア”の二元論で何もかも振り分けられるのはおかしい。『ターゲット・メディア主義』では、個人が適度に集合した、“ターゲット・メディア”に注目し、メディアを再認識していくことを目的とする。



【第1章 雑誌はターゲット・メディアのトップランナー】

<メディア=マスメディアという認識では不十分>

 メディアの役割として、大きく分けて二つの役割がある。“報道”と“情報”である。報道は全国民に平等に伝えられなければならないが、情報は欲している人に必要な情報を与えるものである。また、送り手主体なものが、“報道”で、受け手が自発的かつう積極的に取りに行くものが“情報”なのである。

<マス・メディア4媒体のランキング>
 「到達速度」1位はテレビ、ラジオ 2位は新聞 3位は雑誌。「到達範囲」1位はテレビ 2位は新聞 3位は雑誌 

4位はラジオ。つまり、“報道”という役割を中心にマス・メディアという範疇で分析すれば、雑誌は明らかに弱い分野なのである。しかし、“情報”を伝えるメディアという範疇で雑誌の強さを考えると別である。

<マスではなくターゲットをねらうメディアの躍進>

 雑誌、ラジオ、OOH(out of home media)はターゲット・メディアである。また、テレビにおいても衛星放送(WOWWOW、スカパーなど)は数百とある専門チャンネルから見たい番組を選んでいるので、ターゲット・メディアであるといえる。

 日本では現在、マス・メディアのターゲット・メディア化が進んでいる。その理由は、受け手側である一人一人の感性がレベルアップしているからである。

 マス・メディアの担い手がマスをみなす向こう側に、“みんな”は本当に存在するのか。これは忘れてはいけない視点である。

<マス・メディアとターゲット・メディアがもたらす志向の違い>

 「集団(みんな)」→「同化」→「チームワーク」側の人達は「画一的ライフスタイル」に落ち着きたがり、マス・メディアが提案するライフスタイルを模倣して満足する。また、「個人(わたし)」→「異化」→「力のある個人」側の人達は、「画一的なライフスタイルからの脱却」を求めている。

 メディアは生活者の生き方を反映させているという意味では、今後、「他人とは違う、わたし」という個の確立を求める傾向は、今後も続くといえる。

<多様化するターゲットメディア>

 そもそもメディアは報道と情報が複雑に絡み合って誕生したのではなく、それぞれの役割分担があって、時代と共に情報報道が膨らんできた。報道にも情報にも寄らない情報報道系に位置するメディアは、ターゲット・マス・メディアといえるのではないどろうか。

 現在、メディアを整理すると、1.とにかく多くの大衆に向かう「マス・メディア」。2.マスに対する存在意義を重視しながら、大別されたターゲットを意識する「ターゲット・マス・メディア」。3.マスを視野から外しで絞り込んだターゲットの中核に向かう「ターゲット・コア・メディア」。4、細分化されたターゲット一点に集中して、焦点をあわせた「ピンポイント・ターゲット・メディア」の4つに分けられる。


≪参考文献≫

『ターゲット・メディア主義―雑誌例礼讃』/吉良俊彦/宣伝会議/2006年4月1日発行

/p1~32



 【まえがき】

 日本はアニメーションの生産大国であり、劇場向けアニメ、テレビ向けなどさまざまな作品が作りだされ、広く海外にまで輸出されている。

 もはや、アニメは、マンガやゲームと共に、世界中で注目されるサブカルチャーの一つとなっている。


 しかし、こうしたアニメブームは突然起こったのではなく、さまざまな近隣の文化やメディアの影響を受け、発展した。日本においては特に、マンガやゲームの存在抜きにはアニメを語ることは出来ず、これらの影響を強く受けながら、独自の道を模索してきたといえる。


 『アニメへの変容』は、「マンガやゲーム、文芸等、元の作品とアニメ化された後の作品ではどこがどう違うのか、どのように変化しているのか。」そのような不明瞭な問いの答えようとするものである。



【アニメのパロディー 「やおい」からみるアニメ・アニメキャラの特徴 (宮川由樹子)】

 2004年野村総合研究所の調査によると、アニメマニアの消費層は人工20万人、推計市場規模は200億円と、マニア消費者(オタク層)が持つ市場に対する影響力と消費規模がもはや隙間産業とは言えない現状となっている。

 ここでは、ファンたちの活動の一形態である同人誌、その中でも女性ファン達が作りだしてきた、アニメキャラクター男性同姓愛的なパロディーにする「やおい」について考える。


 「やおい」とは、アニメやドラマなどに登場する男性キャラクターたちの関係を、ホモセクシュアルな恋愛関係に置き換えることから始まる。男性キャラクター同士で語られる友情の言葉を「恋愛関係があるのではないか」と、妄想することにより、それぞれの「やおい」物語が創られていくのである。

 このような「やおい」における読み換え形式が作られたのは、1980年代の作品である『キャプテン翼』からである。『キャプテン翼』の原作は、マンガである。しかし、ファン達はマンガではなく、アニメに反応した。マンガ作品をアニメ化した場合若干の変更があるものの、ストーリーやキャラクターが大きく変更することはないのにも関わらず、アニメに反応する理由は、アニメのキャラクターが他のメディアに登場するキャラクターと比較して「“キャラクター”として最も完成されている」からである。つまり、アニメでは、「色」「声」「動き」がつくことにより、マンガとは違い、キャラクターが一つの人格(キャラクター)として、ある程度視聴者の間で統一されたイメージとなるのであるということである。

 また、テレビという媒体で放送されているという点にも注目出来る。テレビという一般性の高いメディアでアニメ作品が流されることによって、「やおい」となる題材と出あう確率を高めているのである。


 

 現在、男性向け同人誌の人気ジャンルは美少女キャラクターを性的な対象とする「美少女ゲーム」に偏っているのに対し、女性向け同人誌の人気ジャンルは多くの少年が登場するアニメ作品が大多数である。

「やおい」の持つ混沌としたパワーは、しばらく消えそうにない。これからも、「やおい」はアニメというメディアを逆照射し続けていくと予想される。

 



≪参考文献≫

・『アニメへの変容』/竹内オサム・小山昌宏 編著/現代書館/2006年4月25日

 p105~125 「アニメのパロディー やおいから見るアニメ・アニメキャラの特徴」/宮川由樹子