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慶應義塾大学公認の国際協力団体S.A.L.の公式ブログです。

「ハロージャパン」と声をかけられた。いつもなら「ハロー」と返してそのまま歩みを進めるところだけど、ぼくは気まぐれで足を止めてみた。
彼はケバブをすすめてきた。ひとつ5トルコリラだそうだ。
大してお腹は減っていなかったけれど、これまた気まぐれで、ぼくはケバブを食べることにした。
こじんまりとしたテラスの席に、腰をおろした。昼下がりの暖かい日差しが、白いテーブルを照らしている。
彼は肉と野菜をとって生地の上にのせる。そして、ソースをかけてぼくに出してくれた。
ケバブを一口頬張ってみる。肉はチキンだろうか。野菜はシャキシャキと音を立てて心地良い。
肝心の味は、そうだな…。一言で表すならば、まずい。

味気が全く感じられなかったのだ。正直、今までの人生で食べたケバブの中で、一番まずかった。

そこでぼくは、もっとソースをかけてくれと彼に頼んだ。
彼は「オーケー」といって、ソースをたっぷりとかけてくれた。そして彼は、新たに椅子をもってきて、ぼくの向かいにドシンと座った。

また一口ケバブを頬張ってみる。味はというと、まずい。ソースに味が全くないことに、そのとき気がついた。
彼は「ケバブの味はどうだい?」とぼくに尋ねる。そのとき、ぼくは返答に困ってしまった(素直にまずいと言ってしまえば良かったがろうか)。
それからしばらく彼と他愛のない会話を楽しんでいると、彼の奥さんらしき人がぼくと彼の分の紅茶を「これはサービスよ」とにこやかに笑いながら持ってきてくれた。ぼくは「テシェッキュル エデリム(ありがとう)」と彼女にお礼を言った。

ぼくはまた一口ケバブを頬張る。
———うん、ぼくはケバブを諦めて、紅茶を楽しむことにした。
砂糖をいれようと思って、テーブルの上に置いてあったシュガーポットに手を伸ばす。ふたを開けると、そこには角砂糖が一つあるだけだった。

そこでぼくは、その角砂糖を爪で割って二等分しようとした。
すると彼はこう言った。
「なにをしてるんだい?俺はこんなに太っているから、砂糖なんかいらないよ。お前は細いから砂糖をいれな。なんだったら2こでも3こでも何こでも持ってくるよ」。

太っていることを表す彼のジェスチャーが面白くて、ぼくは思わず笑ってしまった。そして、ぼくの爪あとがついた角砂糖と、彼が新たに持ってきてくれた角砂糖を一つだけとって、チャポンチャポンと紅茶にいれた。


紅茶を一口すすった。トルコの茶葉なのだろうか。芳醇な香りと、なんだか懐かしくて優しい甘さが、ぼくの口の中いっぱいに広がった。

煙草を吸いたくなったぼくは、彼にライターを持っているか尋ねた。
すると彼は言う。「俺は煙草が嫌いなんだ。だからライターなんか持ってないよ。でもあれだ、お前は"my friend"だから、特別にチャッカマンを持ってきてやるよ」と。

彼はチャッカマンにカチッと火をつける。煙草から香ばしい煙がたちのぼる。ぼくはフーッと息をはく。白い煙がトルコの風にあおられて、綺麗な街並みに溶け込んでいく。煙の行方を眺めていたら、遠くにあるブルーモスクが目に入った。

ブルーモスクは、トルコを代表するイスラム教礼拝所だ。
彼もイスラム教徒のようで、どうやら礼拝中はイスラム教徒以外はブルーモスクに入れないらしい。
ブルーモスクに礼拝をしに行くのかと尋ねると、「これから行くんだよ」と彼は答えた。
「お前はなにを信仰しているんだ?」と彼はぼくに問いかける。
「うーん、無宗教かな」ぼくはそう答えた。
そして彼は言う。「トルコ人はイスラム教徒がほとんどだけど、礼拝に行く人はそんなにいないんだ。隣の店の"my friend"なんかは全く行かないしね」って。



煙草はもう大分短くなっていた。これを吸い終えたら、ブルーモスクに行ってみようか。
いや、やっぱりもう少しここで、風に吹かれていたい。そうだ、この紅茶を飲みほしてからにしよう。

そんなことを考えていたら、「紅茶のおかわりはいるか?」と彼が尋ねてきた。
ぼくはお言葉に甘えることにした。

* * * 

イスタンブール旧市街をぶらついていたら、もうすっかり日が暮れてしまった。すると、ブルーモスクの方角から*アザーンが聞こえてきた。どうやら礼拝の時間のようだ。
ぼくはじっと耳をすます。さっきまで一緒にいた、彼に思いをめぐらせて。

彼はイスラム教を大切にしていた。でも、ぼくにとって、イスラム教は大切なものじゃない。
誰かにとって大切なものが、そのまた誰かにとっては、些細なものになる。
そんなことが、ぼくにだってある。あなたにだって、きっとある。

彼は何を信じ、何を糧に生き、何を愛し、何を思っているのだろう。例えば、なぜぼくにあんなにも優しくしてくれたのかを、アザーンのメロディーにのせて想像していたら、なんだか彼とぼくの距離が近くなった気がした。


ぼくはふと、大事なことを忘れていたことに気がついた。
彼の名前を聞いていなかったのだ。ああ、やってしまった。
———"my friend"の名前を聞きに、またいつかここに来よう。
そのときは、あのまずいケバブも一緒に。



*アザーン: 周辺に住むイスラム教徒に礼拝の刻限を知らせ、モスクに集まるよう呼びかけるために発せられる、モスクの僧による肉声のこと。



【文責:2年 堀内慧悟】