こどもの頃、シートベルトをするのが嫌いでした。
本当は身を乗り出して、外の景色を見たいというのに、
この固くて無機質な紐のようなものは、それを邪魔してくるのです。
せめて柔らかかったり、可愛げがあるものであればいいのに、
そんなことは言語道断と言わんばかりに、どこまでも無機質に、
どこまでも淡々と仕事をこなしているその姿は、まるで工場の機械のよう。
さらに厄介なことには、
このシートベルトとやらは、いくら私が不満を述べたとしても、
それにまったくの正当性を持たせてやくれない。
とことん勝ち目のないこの存在は、
いつしか私にとって不快感の象徴と化していました。
この気持ちを因数分解するとしたら、こう。
(不快感)×(どうしようもない)×(シートベルト)
わたしのなかでの、最悪の組み合わせ。
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アイディアがこの世界に産声をあげるとき。
それは偶然神様によって与えられる瞬間ではありません。
アイディアとは新しいものでも、偶然の賜物でもないということです。
ここでは、日常の1シーン1シーンを切り取ったものを<スナップ>と呼び、
それに対して人の行為や知識を、<常識>と呼ぶことにしましょう。
一言で言えば、アイディアは、<スナップ>と<常識>の組み合わせ。
そしてその組み合わせが奇抜であればあるほど、
それはアイディアとして色濃くわたしたちの目の前に現れるのです。
例えば、<スナップ>を「今日食べたお昼ご飯」として、
<常識>を「仕事をする」にするとします。
<スナップ>の特徴は、その出来事が特殊であること。
つまり「今日食べたお昼ご飯」は「今日」だけのもの、
その点において、この出来事は特殊であるといえるのです。
また、<常識>の特徴は、その出来事に「主」が宿っていないこと。
すなわち、わたしたち誰もが行う行為であるかつ、
主語を代えれば、誰もがその行為・知識を使いこなせる一般的なものであること。
つまり「仕事をする」は、誰もが行うことであるという点において、一般的であるといえるでしょう。
さて、この2つの組み合わせ。
一見すると、関わりのないものに思えます。
しかしどうでしょう。組み合わせてみるとなんだか不思議な味を出すのです。
たとえば。
「今日はランチを仕事にしよう。」
ネクタイを締めたサラリーマンたちが、おしゃれなカフェでランチをする姿。
もしそれが彼らの仕事のスタイルであるとしたら、
(リラックス)×(ネクタイ)
なんとも奇妙な組み合わせによって、違和感とともに好奇心を生み出します。
奇抜な組み合わせが、連鎖をつくっていく。
単なる言葉遊びのようにも思えますが、大切なのはこの思考のプロセスであると考えます。
アイディアとは、このようにして生まれていくのではないでしょうか?
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S.A.L.に所属をして1年半。
国際協力という分野に足を踏み入れてから、1年半が経ちました。
世界にはたくさんの支援団体があり、
その支援方法は十人十色、さまざまであるということを知りました。
今後とも、これまで以上に支援方法は増えていかなければならないと考えます。
それが日々変わりゆく世界を、柔軟に、
そして抜け目なく包んでいくための近道であると思うからです。
そんなわたしが最近思うこと。
学生の仕事は勉強だからといって、
支援事例を学ぶことだけで満足してはいけないな、ということです。
肝心なのは、その支援方法が生み出された思考を学ぶこと。
それこそが、将来を担っていくわたしたちに求められている、
社会に対する基礎力なのではないか、と考えます。
すでに世界に溢れている支援事例<アイディア>たちは、一体どのように生まれたのか。
それを解き明かすプロセスが、「アイディアの因数分解」です。
事例を持ち出し、それを<スナップ>と<常識>、すなわち<因数>ごとに分けていく作業。
この作業によって、新しい組み合わせとの出会いがあり、アイディアが生まれる。
そしてその結果、世界のどこかで、笑顔をつくり出すことが出来るのだと思います。
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わたしは暇さえあれば頭はフル回転させて、この因数分解をすることにしています。
時には計算ミスをおかすこともあるので、この思考には練習が必要だと思うからです。
単純にこの作業が面白いというのもあります。
ある出来事の因数分解、気持ちの因数分解、練習問題はそこら中に転がっているので、
ときには腕を組んで考えてみたり、ときにはワクワク楽しみながら取り組んでみたり。
ほんのちょっと見方を変えるだけで、
まったく別の出会いがあったりと、とても面白いものです。
幼い頃感じたシートベルトへの不快感。
これはわたしにとって、魅力的な練習問題の1つです。
感情が負であればあるほど、そこは可能性の源泉なのですから。
ベクトルを180度逆方向に向けるほど、心をくすぐる楽しみはありません。
今出来ることを、未来に繋げるため。
そして、誰かを笑顔にするため。
これからも、続けていきたいです。
【文責:沼井柚貴乃】