カトマンズの夜 | 学生団体S.A.L. Official blog

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カトマンズの夜
文責:S.A.L.代表/慶応義塾大学環境情報学部2年 はたちこうた

9月の最初のころ、ぼくはネパールの首都、カトマンズにいた。 その日はネパールで過ごす最後の日だった。ぼくはひとりで、街の中心部の旧市街をぶらぶら歩いていた。特に意味はなかった。最後だし、空気を存分に味わっておきたかった。

街の中心部は停電していた。ネパールではヒマラヤの雪解け水が発電の要だ。だから冬が近づくと発電量が少なくなって、安定供給ができなくなると聞いた。
ぼくは道の真ん中に生えている木の下に座って、タバコに火をつけた。薄暗い中で、多くの人たちが騒がしく道を行き来していた。観光客、客引き、野菜売り、サリーを来た女性、老人、サドゥー。映画を見ているようだった。オリエンタリズムだな、とぼくは思った。

一人の男が近づいてきて、「どこか行く?」と訛った英語でぼくに話しかけてきた。
「ストゥーパ、ヒンドゥの寺、チベット仏教寺院、どこでも連れて行くよ」
「今日が最終日だからいいよ」
ぼくは答えた。しかし、男はあきらめず続けた。
「ハッパ?オンナ?なんでもあるよ」
「いらない」
「じゃあタバコ、ちょうだい」

ぼくはタバコをあげた。ネパールのタバコは何か、ネパールの味がする。客引きの男とは特に何も会話はなかった。通りは相変わらずざわざわとしていた。すぐにまた一人、男が近づいてきた。客引きが多いのにはうんざりだなと僕は思った。もう一人の男は近づいてきて、タバコをちょうだいという仕草をした。ぼくはタバコを渡し、火をつけてあげた。なんだかぼくが煮え切らない気持ちでいると、男は訛った英語で言った。
「日本人かい?」

*

「この木には、ヒンドゥー教の神様が宿っている。だから切られないで、こんなところに生えているんだ」

ぼくにそう教えてくれた彼は、客引きではなかった。純粋に、ただ話をしようと、僕のところに来たらしい。岩しか無いヒマラヤのふもとにある貧乏な村で生まれて、若い時にカトマンズにやってきた彼は、僕の父親と同じ年齢だった。ホテルのレセプションやガイドなんかを経て、カトマンズで生計を立てているのだと言う。

「政治は難しすぎて、よくわからないんだよなあ。でも、議会のやつらは腐敗している。海外からの援助を、全部ポケットにいれてしまうんだから」

彼はタバコをふかしながら、不満げにそう言っていた。ネパールは去年民主化し、やっと選挙も始まった。しかし彼は、読み書きができないから選挙に参加できないという。
アジアで最貧国のネパールでは、まだまだ政府は未熟でうまく機能していない。情勢も不安定だし、諸外国の援助に頼りっきりになってしまっている。課題は山積みなのだ。日本はネパールへ、多くの支援をしている。「JICAは素晴らしいよ、大きな橋や、ちゃんとした道路を沢山整備してくれる」と、彼は言ってくれた。

「やっぱり援助は、大切だとおもう?」
「大切だよそれは。だからこそ、日本ももっと援助をしてほしい。テレビで見たよ。日本の首都はすごいじゃないか。こんな木じゃなくて、もっと高い建物が沢山ある。日本人は頭がいいんだな。俺達とは違って、頭がいい」
それを聞いたぼくは少し恥ずかしくなった。日本はそんなに素晴らしい国じゃないと思うからだ。

「そんなことはないよ。ぼくなんて、本当に自分はばかだとおもう」

*

いつの間にか、最初にぼくに話しかけた客引きはいなくなっていた。「タバコ、もう一本吸う?」と僕がタバコを渡したら、彼は「いまは吸わないで、後で吸うよ。大事にする。ありがとう」と言いながら、胸のポケットにタバコを入れた。折れないかな、とぼくは不安になった。

「家族はいるの?」
ぼくは聞いた。
「妻がいる。娘も2人いる。長女はこの間結婚して、孫ができたんだ。」
「孫かあ。じゃあ、おじいちゃんなんだ」
「そう、もう体もボロボロだしなあ。老眼だし、太ってきたし、何歳まで生きるかわからない」
「そんなことない、元気そうだよ。俺の親父と同じ年齢なのに。孫ができるって嬉しいね。いま、幸せでしょ?」
「そうだね、幸せだよ」
彼は満面の笑みで頷き、そして続けた。

「俺は、小さい幸せがあれば、それだけで充分なんだ。たくさんお金があっても、何に使えばいいかわからないだろ?」

そう言う彼の眼は、本当に幸せそうで、優しい眼だった。ぼくはゆっくり、彼に笑い返した。彼はおやすみと僕に言った。ぼくも彼に、おやすみと言った。

*

帰り道はやっぱり、色々な人でごった返していた。本当に映画見ているようだなあと、僕は思った。歩きながら、さっき彼と並んで撮った写真を見た。なんだかぼくは少し嬉しくなった。そうか、小さな幸せがあれば、それだけでいいんだ。

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彼とぼく。カトマンズにて。