ごきげんよう、ざらめの雨です。
映画『セッション』を見ました。
2014年に公開されたアメリカでジャズドラムに取り組む若者と鬼教官の物語です。
ゆる言語学ラジオ等で堀元さんが音楽について話すときによく名前を出すので、気になっていました。
「手から血が飛び散るくらいドラムを叩いて。音楽を楽しむという感じとは程遠くて。」
「音楽をやっている人に聞くと、みんな『見たくない』って言うんです。」
「あれ見ると音楽をやりたくなくなっちゃう。」
みたいな感じに紹介されています。
まぁ、そういう映画でした。
見ると、アメリカとアメリカン・ドリームが嫌いになりますね。
そりゃ、アーティストにドラッグも流行りますって。あまりにも苦痛すぎるもの。
まず、主人公が冴えない感じで。
練習はすごいんだけど、才能を感じる描写がほとんど出てきません。
そして、鬼教官。
やばすぎる。暴言するし暴力するし、椅子やカウベルが飛んでくる。
圧力がすごい。パワハラがすごい。
開始10分で登場してきてその瞬間「こわっ!」
って言葉が口から飛び出てきたくらい。
でも、あれって実際のところ、ショービズで大成功をおさめたいと夢見るすべてのアメリカ人の心の中にいるモンスターなんでしょうね。
ここで思い出したのがかつての日本の受験勉強。
特に1900年代に台頭した「よい大学よい企業というエリートコース」に乗れなければすべてが終わりという考え方。
それって、いわばまやかしであって、現実じゃなかったんですよ。幸いなことに。
2000年代になって、時代が変わって、変化が大きくなって「既定のエリートコース」というものの存在が薄くなってきた。
もっと違う生き方、もっと違うあり方、働き方が「大学進学を第一目標とする」人たちの目にも見えるようになってきた。
「受験に失敗することは人生に失敗することで、受験に負けたら自分は無価値だ」という嘘が通じなくなってきた。
それは本当によかった。
一方で、アメリカではこの価値観は真実です。
有名なバンドに所属して1晩の公演で大金を稼ぎあげ、ジャズ好きの世界で熱狂されるような偉大なプロドラマーになりたいという夢を持つとき。
その夢のために自分の全てを注ぎ込むとき。
「負けること、挫折すること」は「自分の無価値さを確定すること」に他ならない。
受験勉強で習得する5教科7科目の技能って、実は汎用性が高い。
大学に進学した先で何を専攻するかが人生に大きな影響を与える。
なので、進学前の技能って言うのは、良くも悪くも人生の決め手に欠けている。
一方でジャズドラム。
あまりにも専門性が高すぎる。
全てをかけて取り組み猛練習を重ねて、その結果、そのことしかやらない/できないのだとしたら、どうなるのか?
有名なバンドのドラムの席に座りたい人は山ほどいて、今座っているその人が挫折すれば「自分がその席に座れるかもしれない」ということを期待して「そいつが挫折すること」を歓迎する人はたくさんいる。
そして一度諦めたら元の地位に戻ることは、おそらくはできない。
ドラマーからドラムを取り上げたら、何もできない人になってしまう。
そういう恐怖感。
どんどん視野が狭窄して、自分で自分を追い込んで
先の見えない激しい競争に身を投じる。
それはアメリカン・ドリームの裏側にある現実ではないかと思います。
楽しいことじゃないよね。
全体として、映画は完成度が高くて面白かったです。
ちょっと納得のいかないこともあるけど、ネタバレにもなりかねないのでここではコメントしません。
とにかく暑苦しく、そして痛々しい作品でした。
でもそれも誇張された作り物なんでね。
たぶん本当のジャズの世界はもっと豊かで複雑だと思っています。
あくまで映画、よくできた作り話です。
音楽はすごくよかったです。
映画に出てきた曲を1つ紹介します。
ジャズのスタンダードナンバー「Caravan」です。
コメント欄に、映画『セッション』から来ましたという人がいっぱいいて、私もその仲間ですね。
演奏はしないけど音楽が好き、という人には、面白い映画かもしれません。
もし機会があればどうぞご覧ください。



