ホークス物語88 

2003年、福岡ドームの光景がガラリと変わった。 

女性ファンが増えたのだ。それまでは、野球観戦は主に男の趣味だった。福岡ドームの声援も男性の声だった。ところがこの年、応援団のトランペットに合わせて聞こえてくる『かっ飛ばせ、○○!』の声が女性の声に変わった。原因は、川崎人気である。 

今では全国の球団で女性ファンの姿が当たり前の様にみられるが、そのはしりは、福岡ドームの川崎ブームだ。これ以降、各球団ともイケメン選手を広報誌の表紙にするなど、女性ファン獲得の流れが出来てきた。これを『川崎革命』と呼ぶ人もいる。 

ムネは、2000年、鹿児島工業から俊足巧打の内野手として入団。02年、二軍で首位打者。03年、鳥越・小久保の怪我で一軍デビューした。その愛くるしい容姿と機敏なプレーで、たちまち人気を博しテレビで特集番組が組まれたりした。 

背番号52のユニフォームを着た女性が球場には溢れ、『プロ野球観戦も女性の時代に』と福岡ドームが全国ニュースで話題になった。成績も立派で、打率294、盗塁30で二番打者としてチームの日本一に貢献する。 

彼のもう一つの魅力が、その人柄だ。 

『逆境を笑え』という著書がある。これが実に面白い。私はプロ野球関係者の著書を何十冊も読んだが、一番面白かった。理由は彼の生き方だ。『僕には失敗も成功もない。ミスしたら前に出ればいい。ミスしなくても前に出ればいい。人生には失敗も成功もないのだ。』 

こんな前向きな人には会ったことがない。 インタビュー等も常に明るく、彼の口からネガティブな発言は絶対に出て来ない。この超積極的、超楽観的な性格に触れ、自分の人生に照らし合わせて、助けられたファンも数限りなくいるのではないだろうか。 

ムネの周りの人は、彼の人生の節目節目でよく泣く。ドラフト指名されたときの監督。鹿児島を出て福岡に向かう日の近所のおばちゃん。寮生活に慣れ『プロとしてやっていく自信が出来た』と報告した時の父親。 川崎本人は何ともないのに、周りの人が代わりに涙を流す。 みんな、ムネの事が好きで好きでたまらないないのだろう。 

球団運営がゴタツイたダイエー末期、この『天衣無縫』な男に、選手もファンも、どれだけ救われたか解らない……