徳川家康の人生は、苦労の連続であった。。。

 

幼少期は今川家に人質として取られ、成人してからは強国武田と織田の狭間で、両国の圧力に苦しめられた。正妻と長男は、信長の意向で自らの手で死においやり、秀吉の天下では、辺境の関東への移封を命じられた。秀吉死後、関ヶ原で勝ち江戸幕府を開いたが、豊臣恩顧の大名の謀反におびえ続け、大阪夏の陣勝利でようやく安心して眠れる夜を迎えたのだという。。。「人の一生は、重き荷を背負うて、遠き道を行くがごとし。。。」家康の遺訓は、自らの生涯を振り返っての、彼の実感であったと思われる。

 

以前、ノムさんがこんな話をされていた。。。「私は、春という季節が嫌いだ。また、新しいシーズンが始まり、今まで通りの成績を出せるか不安で仕方ない、長く辛い季節に入るからだ。野球を楽しいなどと思った事など一度もない。。。」

 

内川を見ていると、自らの責任感の強さに、いつも押しつぶされそうになって、苦しんでいる姿を思い浮かべる。。。「右打者では歴代NO1」と言われる打撃センスで、数々の記録を作ってきたが、「野球が楽しいと思うのは優勝した瞬間だけ。それが終わると、また苦しい戦いが始まるんだという気持ちになる。。。」という。

 

今回の2000本達成までも、やはり、もがき苦しんだ。。。見ている我々も辛くなるほど、自分を追い込んでいるのがよく分かった。。。そんな気持ちが痛いほど伝わっからこそ、あの打席の前、ライトスタンドのホークスファンからの「頑張れ、頑張れ、内川!」の大合唱に繋がったんだと思う。。。「これで吹っ切れるだろう。」そう思った瞬間の偉業達成であった。。。

 

神様は、一番苦労した人に、一番大きなプレゼントを下さる。。。。イタリアの諺である。

 

家康や、ノムさんの様に、一番苦労している内川は、きっと、右打者として、誰も行けない所まで行ってしまうのではないかと思う。。。。。

 



昨夏、春夏連覇を目指した大阪桐蔭が、3回戦で仙台育英に敗れた。1-0でリードした9回裏、一塁手の2年生・中川が、2死1・2塁でショートからの送球を、ベースを踏みそこなっていなければ、そのまま勝っていた試合だった。ゲームは、その直後、仙台育英に逆転サヨナラ打が出て、昨年の選抜優勝校は敗れ去った。

 

試合後、泣き崩れる中川選手を、西谷監督は新チームの主将に指名する。。。「来年の選抜で、日本一になろう。お前がそのチームを作れ。」監督の言葉は、野球人生最大のピンチだった中川を救う。。。実は、彼がベースを踏めなかった理由の一つが、仙台育英側のラフプレーにあった。その試合、内野からの送球を受ける際、彼の左足は、走者に蹴られ、負傷していたのだ。インターネット・動画サイトで「これは、明らかに故意的・・」と批判された危険なプレーであった。実際、試合後、中川は車椅子で甲子園を去らないといけない程の重症であった。

 

新チームは、この悔しい試合を心に刻み込み、猛練習したという。監督の言葉によると、「相手のどんなプレーにも負けない史上最強のチームを作ろう。」という意識が、全ての選手に浸透し、本当に「今まで見たことがないような強いチームが出来た。」というのだ。。。この春の二連覇は、昨夏の悔しさから生まれたものだったのだろう。

 

ホークスの今春のキャンプを見て少し気になる事があった。。。一昨年、日ハムに歴史的な逆転劇を食らい、鬼気迫る思いで行った去年のキャンプからすると、どこかリラックスムードがあった。。。柳田なども、去年、一時「三冠王を狙えるかも・・」と思えるほど、好調だった時期、「この好調のベースは、前年日ハムにやられ、悔しくて、悔しくて、秋キャンプで死ぬほど練習したのが良かったと思います。」と語っていた。。。他のメンバーも去年と同じ気持ちで今年のキャンプを過ごせたか、疑問が残るところである。

 

悔しさを忘れた時、凋落が始まる。。。スタートダッシュに失敗した鷹軍団・・・・「血涙を流した」一昨年の事を、もう一度、思い出してほしいものだ。。。。。

 

 



この人の思考回路は、我々常人とは、かなりかけ離れた所にある。。。昨年日本に帰国した時、首脳陣は川崎をセカンドか、松田不調時のサードで使おうとしていた。。。案の上、松田は開幕から絶不調。。。ここはムネの出番かと思ったが、当の本人はベンチで何をしていたかと言うと、松田が打席に入ると、松田の背番号3を書き、「悪霊退散!」とばかりに呪文をかける様な仕草をしている。。。このケース、ライバルの不調を「自分の出番」と喜ぶ選手が多い中、「仲間想いの川崎らしいな・・・」と、微笑ましい気持ちになったものだ。

 

北京五輪で、エース・ダルビッシュが恋人を北京の宿舎に泊まらせ、星野監督の逆鱗に触れた事があった。監督がマスコミを通じて批判したのに反発し、ダルが怒って帰国しようとしたとき、突然、川崎が頭を丸めてエースの前に現れた。。。「何で、川崎さんが坊主になるんですか!」驚く彼に、「ここはお前が折れろ。俺も頭を丸めたからお前も坊主になって監督に謝罪しろ。。。」これには、「誰が何といっても、監督には謝らない。」と言っていたダルビッシュも、流石に言うことを聞き、エースがチームに戻る事になった。

 

2012年、年俸2億円のホークスとの契約を捨て、メジャー挑戦を決めた時もそうである。。。実は、サンフランシスコ・ジャイアンツが二塁手のポジションと、2億円に近い年俸を用意していたという。ところが、川崎は、そのオファーに見向きもせず「イチローさんと同じチームでプレーすることが、中学時代からの夢だった。」と、年俸2000万のマリナーズ傘下のマイナー契約を選んでしまう。

 

今回も、普通の選手なら、9000万円という報酬を貰いながら、リハビリに努めるという選択をする選手が多いと思う。。。しかし、ムネの美学では「そんな生き方はできない。。。」という事だったのだろう。。。ニュースを見た瞬間、実に川崎らしい幕引きと思ったものだ。

 

明治開国以来、欧米の「拝金主義」が、日本社会にもやって来て、残念ながら日本人の心の中にも住み着いてしまった。。。毎日、毎日、ギスギスと自分の利益だけ追及する世の中。。。この現代日本の社会において、川崎宗則の様な男が、我がホークスに生まれ、育ってくれたことを誇りに思いたい。。。。。