ブログに訪問してくださりありがとうございます
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今回は、2023年に訪れた『桂離宮』を紹介したいと思います。
実は3年間も公開するのを忘れていました
。
皆さんは『桂離宮』に行かれたことがありますか![]()
『桂離宮』は京都における日本最高傑作
といわれている庭園で、あまり大きなお庭は好きではないブログ管理人ですが、『1度は見ておこうかなぁ』と思い立ち、宮内庁のホームページで予約して行きました。
『桂離宮』は直接行って、受付で空きがあれば入れますが、紅葉の季節や連休は予約も埋まってくるのでできれば予約しておいたほうがいいと思います。
『桂離宮』の拝観は自由見学ではなく、予約の時間が来ると、一人の宮内庁職員が予約時間の人を集めて、グループで宮内庁職員の方の説明を聞きながら見学するスタイルです。滞在時間は約1時間です。
どの職員の方も、たぶん説明内容は統一されていると思いますし、拝観ルートも同じだと思います。
正直、『1時間あっという間でした
』。拝観料1000円。
『もう一回行ってみたい![]()
』
と思いました。
見るのに必死で、さほど『桂離宮』を味わえなかった
。
と、中毒性があります。ご注意を
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『桂離宮』へは、阪急京都線『桂』下車徒歩20分
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京都バス『桂離宮前』下車徒歩8分?
駐車場有。無料。
『桂離宮』は、1615年(江戸時代初期)後陽成天皇の弟である初代八条宮智仁親王が造営に着手し始め、約47年後の2代智忠親王の代でほぼ完成した別荘。
創建以来、火災に見舞われることなく、ほぼ創建当時の姿を維持できていることがすばらしい
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『桂離宮』の総面積は、付属地を含めて6万9千㎡もあります。周りの景観を守るために広く土地を買い上げているそうです(近くに高いビルなどが建つと、確かに興ざめします
)。
中央に入り組んだ大きめの池があり、大小の5つの中島を、土橋、板橋、石橋を渡し、書院や茶室に船着き場を設えて、燈籠や手水鉢を要所に配した回遊式庭園と数奇屋風の純日本式庭園で構成されています。作庭に小堀遠州は直接関与していないとする説が有力だそうですが、庭園、建築ともに遠州好みの技法が随所に認められることから、遠州の影響を受けた作庭家が関わっているといわれております。
『桂離宮』の美は、何よりも色々な構成に『遊び』の要素をふんだんに取り入れられ、当時の『雅
』を現在でも感じることができます。
『桂離宮』に関しては、その道の先生方が研究されて、様々な書物を出版されておられるので、詳しくはそちらをご覧ください
。
“”百聞は一見に如かず“”
写真では到底お伝えすることはできませんが、参考になさってください。
まず最初に入ってすぐに橋を渡りますが、その手前の苑路に注目です。
こちらは『あられこぼし』といわれる延段の一種で、まさにあられをまき散らした風情
に仕上げることからその名がつけられているそうです。一つ一つの石の平らな面を上にして並べてつくられているそうです。大変手が込んでます
。
これは、後水尾天皇(修学院離宮を作った人)が、御幸されるにあたり、雨などで供奉の人の草履が泥土に染まることを防ぐために作られたそうです。なんて心づかいが繊細な方なんでしょう![]()
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御幸門(みゆきもん)です。こちらも後水尾天皇をお迎えするために造られました。
茅葺切妻(かやぶききりつま)屋根で、18世紀に1度再建されています。
表門です。一番外側にある門です。今でも天皇家など特別な方が来られた時にこの門を通り、御幸門に入ってきます。拝観者は別の門から入場。
外腰掛と前の苑路です。外腰掛は松琴亭に向かう前の待合所として造られたようです。
茅葺寄棟造で、皮付きの自然木が柱に使われています。『素朴さ』をあえて強調した作りだそうです。
苑路は『行の飛び石』。
実は、この外腰掛の前に蘇鉄山があり、日本庭園として、当時は斬新だったそうです。
まだまだ池は見えません。
外腰掛から暫く飛び石の苑路を歩いていくと、ぱぁーっと風景がひらけてきます。
比較的大きめの石を敷き詰め、州浜を演出。先には灯台に見立てた燈籠が置かれています。
更にその向こうに天橋立。かつてここまで演出された庭は見たことがありません
。
正面の建物は松琴亭です。
本当に息をのむほど美しい庭園風景です
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松琴亭は簡素なつくりですが、見る角度によって静かなしっとりした印象の建物だったり、素朴な田舎家にも見えます。
躙り口から石段を下りたところが『流れ手水』になっていて、そのまま流水を使う形式だそうです。
中は、市松模様の襖が使われ、外から見た『松琴亭』とガラリと印象が変わります。
この襖は越前和紙が使われているそうです。
『松琴亭』は他にも瓢箪型の障子や、自然木が使われた茶室など『侘び・さび』を感じさせる大変日本の美をかんじることができます。
『松琴亭』を後にして、今度は少し野山を登っていくと、茅葺切妻屋根の『賞花亭』にたどり着きます。賞花亭は『峠の茶屋』をイメージして造られたそうです。
確かに着いて、腰を掛けて茶を飲みたくなりますね
。
竹の連子窓が『賞花亭』の中を明るく風通しのいい茶屋を感じさせますね
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高台になっている『賞花亭』より
『賞花亭』から、一旦、書院の方へ下って行きます。飛び石の段を歩いていきます。
拝観ルートでは、ここで書院の方には行かず、左に曲がって『園林堂』に行きます。
『園林堂』は、そもそも『持仏堂』として建造されたようです。
(『笑意軒』から見た『園林堂』)
何だか大変雲行きが怪しい天気で、写真が美しく撮れない
。
『笑意軒』です。茅葺寄棟造の屋根に杮葺きの廂を付けた間口の長い建物です。
『口の間』から見た中の様子。
『円窓』が六つ並んでいますが、それぞれ下地の編み方、格子の種類が微妙に異なるそうです。
『四季の窓』と言われています。
写真では分かりにくいですが、窓の下の腰壁の模様も斬新です。市松模様に斜め金箔。
写真に写っているのは、『新御殿』と『中書院』です。
残念ながら『古書院』は修復中でした
。
『古書院』には月見台、中書院には櫛形窓の付書院が設えてあり、その脇に棚板、地袋、袋棚を巧みに組み合わせた桂棚という違い棚があります。これは、修学院離宮の霞棚、三宝院の醍醐棚と共に天下の三棚と云われているそうです。書院内部は非公開です
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『古書院』月見台あたりから池を眺める。
お次は『月波楼』です。名前の通り、観月の茶室として建てられました。
手前に広い土間があり,北側の間からは池は全く見えないのですが、右の中の間からは大きく池の全景が広がり、池の向こうに『松琴亭』を眺める構図となります。
全くもって贅沢なお月見ですねぇー。
最後は『御輿寄』となります。
書院の玄関です。
後から考えると、手水や燈籠など、ここならではの素敵な造形がたくさんあったのに、写真を撮るのをすっかり忘れてました
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皆様が行かれるときは、是非とも手水や燈籠にも注目して、『桂離宮』を堪能してきてください。




















