近況:ラプソディアを進めていたのですが…どうも育成の仕方を間違えてしまったみたいで、キリル青年期の序盤で思いっきりつまづきました。

 …このゲームはもうちょっとしっかりした攻略本が出た後にやり直す事にして、ときめきメモリアルガールズサイドをやり始めました。

 …随分前に攻略本とセットで購入していた癖に、今まで未開封で放置していました(汗)

 天之橋一鶴理事長を、初プレイにて口説き落としました!! 

 一応ダンディな謎の紳士という感じで登場するのですが、この方の…一本筋の通った紳士ぶりは圧巻+結構笑えて好みだったりします。

 次は姫条君か鈴鹿君狙いでやってみます…ちなみに王子と氷室先生は本命なので、最後の方で口説く予定。…ふっ、所詮はときメモラ…一度やり始めたら全員口説き落とすまでは止まらないと思います。


今週は金曜から土曜に掛けて母方の祖父の家に泊まりにいっておりました。

10月1日にて、すっかり現在はボケてしまったばあちゃんは…正式に老人ホームに入居する事に。

今まではディサービスとホームスティ、在宅介護を組み合わせて時々自宅に帰って来ていたのですが…今のばあちゃんは、正直言うと排泄の事も自分でコントロール出来なくなっているし…徘徊したり、火を点けたり…起きている間、しっかり見ていないとあかんので…じいちゃん一人では面倒見切れないと。

 そういう事で…ばあちゃんのお引越しに近い形でその日は親戚が集まって作業しておりました。

 

 自宅に戻って来る事もこれで殆どなくなってしまうから…ばあちゃんが可哀想だな、と思う。

 けど…ウチのばあ様がボケ始めた時、まだ友達が周囲にいた頃…習い事とかやってて外に出ていた頃に周囲の人間を疑って悪口ばかり垂れ流していた結果が…今の認知症だの、痴呆に結びついているように私には思える。

 多少…私も介護福祉系の専門に通っていたので、そういった問題に対しての知識はあるが…なんか私からすると痴呆に陥る人って自分の趣味(好きなもの)がないか、周囲の人間を信用出来ない(愛情や好意を与えられない)人がなるパターンが多いように思える(汗)

 

 何ていうんだろ? 実際、私はばあちゃん好きじゃなかった。

 悪口ばっかり垂れ流して、泥棒が来るとか妄想の世界に片足突っ込んでいる姿ばかり見せられていたので尊敬も出来なかったし…小遣い貰ったりしていなければ、月に一回顔見せる事もなかっただろう。

 家政婦の真似事していた時期も、顔見せればキッツイ事を言われておったし…うん、尊敬もしていなければ、好意もなかった。

 

 それでも…昔、兄上に言われた一言を思い出すと、その姿に…胸の痛くなるものを覚えた。


「おばあちゃんには感謝しないといけないよ」


どうして? とまだ中学生だった私は兄に聞いた。

そうしたら彼はこう答えた。それは今でもはっきりと良く覚えている。


「お金があっても…決して幸せになれないんだって。そして…僕らの前に一個の回答を示してくれている最大の反面教師だから」


 うちの母方はそれなりに金のある家。

 金銭的には…恵まれておったけど、ばあちゃんは決して…その家で幸せではなかった。

 だから全ての重荷から開放された時に自分を見失ってしまった。傍に寄って来てくれる人を皆、失くしてしまった。そして一人ぼっちになり、厄介ものになっている。

お金よりも、好きな踊りを思う存分楽しんだり…友達を招いてカラオケをしたり、好きな物を買い物したり…踊りの発表会で着る着物や帯を買う時間を持つようにしていたら…多分、祖母はこうならなかったと思う。

 家に閉じこもり、好きなものを手放してしまった結果が…コレ、なのである。

 

 私もやや精神が病んで来て、はっきりいうと人と接するの怖くなってる。

 それで仕事しない訳にはいかないから…毎日、虚勢張ってどうにかこなしているけど…その日、ばあちゃんと久しぶりに会って、やっぱり無理してでも良いから外界に触れて人と接していこうと思った。

人と揉めたり、拒絶されたりは辛い。

 それが怖いなら…確かに自然と、人と遠ざかって一人になってしまうけれど。

 その場合は好きな物を見つけてそれに時間を費やすようにしないと人は不安に心を食われてしまうし、逆に何となく打ち込むものが見つからないのなら、友人と他愛ない話をしたりして…笑いあう事が心には必要なのだ。

 昔、兄が言った最大の反面教師と会って…少し考えさせられた。

 やっぱり私は、人生の終にこうなりたくはないと。

 自分が自分である事を手放して、ただ生きているだけの人生を送りたくはないと。

 そういう気持ちだけはくっきりと見えてきた。

 だからおばあちゃん。感謝致します。少なくとも貴方は…今の私に、道を示してくれましたから。

 ですから時々、祖母の見舞いにでも行って顔を見せようかと思います。

 

 …人の役に自分が立っていない、お荷物になっている。

 生きている手ごたえがないから、こうなってしまうなら…。

 孫の私がたまに顔出して喜ぶのならそれはお互いにとって良い事になると思いません?

 人は誰かに優しさを向けて喜んで貰うか、自分の使命なり役割を与えられていないと不安定になってしまうものさね。ならその「孫」という役割をちょっとしてみようと思う。

 

 私は今、自分の役割って何だろうと考えたり、それを少し見失っている状態です。

 けど…見つけたいと思う。

 好きな事して、心に余裕作って…ここ三~四年の道筋で何がいけなかったか、失敗を見つめなおして少しでも生かして、次の道を見出したいかな~と最近やっと思えるようになった。

 いつかは私も死ぬんやから、悔いのない一生送りたい。

 じゃあ…悔いなく生きるにはどうしたら良いんだろ? 

 今はそんな事をぼんやりと考えている。


 その答えが出た頃、また何か書き始めるでしょう。

 それまでもうちょいお待ち下され。はい…。