高宮にはもう神奈川と岩手県に離れて住んで12年になる親友がいます。
…つ~ても、一緒にいた期間は実質一年程度で後はず~とお互い違う場所で生活し続けたんやけどね。
それでも親友なのは、まあ…その子が、私がどんだけみっともなくても手のかかる奴でも呆れないで、
「見捨てない」でいてくれたからだと思う。
今でも常識あんまりなくて他人様の迷惑ばかり掛けている奴ですが。
その子と一緒にいた頃の自分は、ホンマに誰もが手を焼く大問題児だったんですよ。
親も教師も、必死に更正させようと必死だったんですが…その当時の私は、自分が生きている事に意味見いだせなくて、からっぽで…ちょっとした事で泣き出したり暴れたりする、すっげ~情緒不安定な子やったんですね。
んで親も教師も持て余して、同年代の子も…たまに仲良くなっても、一旦仲良くなるとべったりしてくるんでうっとおしがられて、気づいたらいつの間にか距離取られているか嫌われているかどっちかだったんですよ。13歳の自分は精神年齢が5~6歳で止まってて、図体だけは大人並っていう子でしたんでそりゃうっとおしがられても仕方ないわ…って今なら思うんですがね。
けど、その子は生まれて初めて「こっちが好意向けてもうっとおしがらないでいてくれて、人に何と言われようともこっちの手を離さないでいてくれる存在」だったんですよ。
普通はそれ、親が与えてくれる安心感なんですけどね。高宮の母は私がちっちゃい頃は色んな重荷が積み重なっていて余裕なかったんで、そういう安心感が得られなかったんですね。
あの当時の母の話を聞くと、それはもうしょうがなかったんだな…と思って納得してますけど。
140センチのちっちゃい子の後ろに、図体デカい奴が引っ付いてピーピー泣いている。一緒にいた時はそんな感じだった。
その子の他の友達は、当時は私のこと大嫌いで「何でそんな奴と付き合っているんだ。早く手を切りな!」ってしょっちゅう言っていたみたいなんですよ。
けどその子は「こいつも、みんなもどっちも私の友達なのは一緒。こいつが私の事を好きでいてくれるのに、どうして手を切らないといけないんだ?」とはっきり言ってくれていたんですよね。
多分、この子は一時の感情で私を切ったりしない。そういう安心感を得られたから…私は立ち直ること出来たんやと思う。
昔は感情の制御が出来んで人様に迷惑ばかりかけていた。
そういう自分から、「少しはマシな人間になろう。彼女を少しでも助けられる人間になろう。自分が犯罪者になったら、彼女に申し訳が立たない。せめて…そういう罪を犯さないでいられる人間であろう」と考えて…真っ当になるキッカケを与えてくれた子なんですよ。
同時に、どれだけ「人から見捨てられないでいる事は力になるか」というのを学ばせてくれた存在でもあるんですわ。
昔の私は、「捨てられる恐怖」にビクビクしていた子だったから、余計に…。
せめて、この子の負担にならないでいられるようになりたい。
それが泣いてばかりだった自分が、逞しくなったキッカケでした。
自分が死にたいっていうと、「そんな事言ったら私は悲しいぞ」って言ってくれたから、じゃあ…悲しませないようにちゃんと生きていようと考えるようになって、昔みたいにしょっちゅう死にたい死にたいと思うのを止めにした。
自分にとって、よ~く考えるとその子は母性を与えてくれていたのかも知れない。
甘ったれで、泣き虫で…どうしようもなく我侭で、自分勝手な頃の自分を受け入れてくれたから、私は…今、あの頃より少しは大人になれたのかも知れない。
そういう感謝をしているから…12年離れて住んでいてもその子、私の親友なんですよ。
けど、対等な目線でなくて…その子が母で、私がどうしようもない放蕩娘なんですけどね。
その子には今、二人の子がいる。だから図体でかい放蕩娘にそんな構っている暇ないんですけどね。
けど、デカい娘は心配掛けたくないから…自分は大丈夫だよ、と言えるようになりたい。
自分にとって、その子はそういう芯なんだなって思う。
…だから、今でも尊敬と感謝している。
そういう子に、ちょっと五日から六日は会いに行って来ます。じゅわっち~。