~ 潤 side ~



多分、翔さんは俺なんかには会いたくないと思ってるに違いない。さっきの翔さんが見せた一瞬の怒りの表情、それはきっと翔さんの大切な人を傷付けたのが俺だと全部バレてるっていう事だから。

だけど謝りたい。謝らないといけない。

そんな気持ちだけで俺は必死に翔さんの姿を探し、周囲をキョロキョロと見て回った。



「翔さん!」

「…………」



ようやく見付けたのは、営業所を出て駐車場へ向かう途中の道。翔さんの背中に声をかける俺の言葉に振り返らず無言で歩く翔さんに、もう一度大きな声で呼び掛けた。



「翔さん!」

「…………何か御用でしょうか?」



やっぱり翔さんは正面を向いたまま振り返ってはくれなくて。それでも返事をしてくれたから俺は続けた。



「謝っても許される事じゃないと、今更なにを言ってるんだって思われるのも、分かっています。だけど……本当に御免なさい」



翔さんが俺に背中を向けてるのも構わず、俺は翔さんに向かって頭を下げた。



「俺は……本当に翔さんが好きだったんだ。俺に振り向いて欲しかった。俺だけを見て欲しかった。俺だけのものになって欲しかった。でも、その為に翔さんの大切な人を傷付けたのは許される事じゃないって……御免なさい」



それだけ一気に喋って、頭を下げた姿勢のままずっといた俺の視界に、革靴のつま先が見えて肩に手が触れた。



「……松本さん…貴方の行った事は許される範疇を超えています。私は貴方を赦す事は出来そうにありません……。ですが……貴方にも貴方を大切に想う人が居るようだから……」

「……え?」



翔さんが何を言ってるのか分からなくて思わず頭を上げると、少しだけ、ほんの少しだけ表情を和らげてくれている翔さんが目の前に居て、その視線が俺の後ろへ向いてて。

振り返ると、そこに俺と行動を共にする、俺を先輩として扱ってくれるその人が居た。何故か俺と同じ様に、翔さんに頭を下げて。



「その方が松本さんが来る前に私に説明してくれました。松本さんは会社での立場を失って、それでも必死にやり直していると。貴方が充分に反省しているからと庇っていましたよ」

「え……?」

「プライベートで松本さんとお会いすることはお断りします。ですが…今後も業務上でのお付き合いは続くと思います。松本さんの力量は認めていますから」

「翔さん!?」

「仕事がありますので失礼します」



翔さんは俺の肩を叩き、そのまま一礼して歩いて行ってしまった。



「……勝手な行動をして済みませんでした。でも復帰してから松本さんが頑張ってるって分かって欲しくて」



翔さんが居なくなるとすぐに俺に駆け寄ってきたその人は、今度は俺に頭を下げてそう言った。



「何で……どうしてそこまで俺に?」



驚きで言葉を失う俺は、それだけ言うのが精一杯で。



「……松本さんは、僕が入社してすぐに大きなミスをして損害を出した時、僕を助けてくれたんです。松本さんは覚えてないでしょうけど。その日から僕は……松本さんの為になれるように頑張ってきました」



頭を上げ、俺をしっかりと見据えて、真っ直ぐにそう言って。改めて見るその顔をじっと眺めているうちに、思い出した。

少し前の話になるけど、入社すぐの新入社員がメンバーに入ったプロジェクトでそういう事があった気がする。



「それから僕は、ずっと松本さんの背中を追いかけて、ずっと……松本さんだけを見てきました。決して報われないって思ってました。でも僕は松本さんの為になりたくて」



その言葉に心が騒いで。



“ 幸せは案外近くに有りますよ?それに気付けます様に……… ”



不意に、酔っ払って醜態を晒したあの日に聞いた言葉が頭をよぎって。

俺だけを見てくれる人は、すぐ近くに居た?





………まだまだ、俺は社会的にも個人的にも信用を回復する必要がある。

でも俺の近くに……この人が居るのなら、やり遂げられそうな気がする。

もう一度胸を張って翔さんと仕事が出来るようになるまで、この人と頑張ってみよう。

そして……いつか翔さんの大切なあの人に会って謝れたら、俺はこの人とずっと一緒に居たいと言う事が出来るかな?



いつか………






 ~ 潤side おわり ~