日々勉強、日々成長、紆余曲折、流れ流れてどこかに流れ着く。
ブレても良い。
ブレるからこそ、自分の軸を知ることができるし、加減もわかるようになってくる。
ブレることを恐れて、避けていたら、
どうしようもないとにき来たトラブルに対応できなくて
ボキンッと心折れないように、
ブレる自分を肯定してあげてほしい。
検索すれば、すぐ問題を解決できたと思うかもしれないけれど、
本当に、その方法を望んでいた…?
その解決法は、誰かの方法であって、
自分にとってのベストではないかもしれない。
あなたにとってのベストな、「ほどほど」加減をみつけてほしいな~。
昨夜、NHKBSで、「舟を編む ~私、辞書つくります~」4話を見た。
そのなかで、「こだわり」についてのやりとりがあった。
「こだわらないことを、こだわっていたのではないでしょうか」
といったコメントに、
凄く頷いた。
「モノゴトにこだわる」ことも重要だと思っているが、
「こだわりを捨てる」ことも必要なときはあって、
「こだわらないことをこだわる」ことも大切だよね。
そうだ、そうだ!自分は「こだわらない」ように、結局「こだわっていたんだ」
と気づいた(笑)
自分を見失いがちな世の中で、
「こだわる」ことは、自分を知るきっかけにとっても重要。
こだわりを積み重ねていくことで、
自分という存在が浮き上がってくるからね。
しかし、ソレを誰かと闘う必要なんてないと私は思う。
だって、十人十色、好みがバラバラだからこそ、素晴らしいのだから。
一律になる必要なんてない。
「多様性の時代へ」とうたわれているなら、なおさら。
「こだわらない」ことを「こだわってた」ことで、
相手の話を、受けとめやすくする方法でもあると思う。
人のこだわりも、柔軟にみれるのではないかなと。
「流され続ける」ということでもなく、
「こだわらない」ことを「こだわる」ことで、
見えてくる、見えやすくしてくれるコトがあるのだと思う。
TVの話でいえば、辞書の挿絵は原型に注目したり、典型的な情報を盛り込むものであって、
類型に注目する際は、類語辞典を活用すればいいから。
人の言われるままに生きてたら、息苦しいけれど、
自己主張は常にする必要はなく、
少なくとも、一番の理解者である自分が、自分を理解していたら、わかっていたら、
対立する必要はない…ってことだね。
世の中、いろんなコトが変化してきているように見えるけど、
歴史をみると、実はそんなに変わっていないのだともいわれている。
でも、おじいちゃんたちが馬や牛と歩いてた時代から、車社会になり、
パソコン、携帯当たり前になって、戸惑ったように、
AIの普及に戸惑ったり、価格上昇に戸惑うのも、普通だよねぇ。
そんな中で、自分はどうありたいか?
って問われれば、
自分が大切だと思うことを、大切にすること。
大切にしていたら、いつか誰かも、
共感してくれるよね。
そうそう!ソレ大事だよね^^って。
そういった大きな大きな輪が、世の中にたくさん繋がりあうほうがいい。
諦め、挫折なんかの輪よりも…ね
私も、世の中の誰かも、ガンバレ!顔晴れ~
柔軟にね~