河豚を喰う。毒を喰う。旨いから毒があるのか。毒があるから旨いのか。おれは前者を支持する。河豚は旨い。だから毒を持ったのだ。これ以上おれを喰うなと毒を盛ったのだ。わざわざ毒を喰らい体の機関に毒を蓄積させ、一撃必殺の毒を。自らの体を酷使し長い年月かけて改造し毒を持ったのだ。しかしそこで問題が生じた。河豚の毒は強力だが、その強力さ故に食した者を短時間で殺傷してしまう。それには即効性があり、効果的かと思われがちだが実際そうか。河豚の毒を喰らうのはほぼ海の生き物に違いない。たとえば鮫。ある鮫が河豚を喰らいその毒で命を落としたとして、それは誰に伝わるのか。仲間の鮫はそれを知り得るのか。そしてその子孫に河豚は危険であるという情報を遺伝子レベルで通達できるのか。強すぎる殺傷能力はかえって逆効果なのではないのか?と彼女にいったところ、彼女はヒレ酒を箸でかき混ぜつつこう言ったのだ。「河豚っておいしいよね。わたし河豚にだったら殺されてもいいと思うよ。かわいいし、おいしいし、なにより強い。死んでなお強い…じゃないよね。死んでこそ強い。わたしは生きているうちも強くないし、死んでしまったらもっと強くない。わたしが死ぬことで誰も殺すことはできないんだよ」おれは言う「河豚だってただ死ぬだけでは強くないよ。毒を喰らい、毒を持った上でただ死に、ただ腐っていく多くの河豚は強くない。可哀想じゃないのかな」彼女は(だからあなたは)という目をしてこう返す。「それは河豚にとっては勝利なんじゃないかしら。食べられないために自らをそのかたちに導いた河豚という種にとって【食べられずに死ぬ】これ以上の幸せはないんじゃないかしら。ただ今は人間の圧勝だけどね」二人で〆の雑炊を啜り、夜を歩く。