このブログにはもう何度も書いているが、オレは温泉県出身で実家の風呂も温泉だった。


町内には自治区の人達がタダ同然で利用出来る掛け流し銭湯も沢山あったし、道路脇の側溝からは絶えず湯煙が上っていた様なド田舎である。


銭湯の泉質も自治区によって多種多様。

硫黄の臭いがキツい所もあれば、そうでない所もある。


透明な湯もあれば乳白色の湯もあり、中にはクリームソーダみたいに青白い炭酸泉なんてのもあった。


幼い頃から、オレは温泉というものが本当に嫌いだった。


特に別府という街は熱い温泉が多く、幼い子供には向いてないというのが一番の理由。


そして、髪型が気になる思春期になると、温泉で洗髪するとバサバサになるというのが二番目の理由(特に乳白色の湯)。


三番目の理由としては、とにかくどこにいようが硫黄の臭いが漂って来る町自体がどうしようもなく嫌いだった。









佐世保から引っ越して最初に住んだアパート付近の現在。
二階が住居、一階が牛小屋という農家のアパートだった。








そんなオレが温泉を嫌いじゃなくなったのは歳を取ったせいなのだろうが、正直なところ、普通の人に比べれば【有り難み】という物にはかなり欠けていると自分でも分かっている。

つーか、これからどんどん身体にガタが来て湯治にでも行く様になれば話は変わってくるんだろうが、自ら好んで『温泉旅行に行きたい!』と思う様になるのはまだまだ先になるだろう。

ま、今回こうやって温泉旅館を予約していたのは『長崎辺りでバテバテになる』と予想していたからに他ならないのだが、この旅館にしても格安じゃなかったら他を探していたと思うし、そこに温泉が付いているかどうかってのはあくまでも後付けというか、『たまたまその宿に付いていた』くらいの感覚と思ってもらっていい。
今回は朝食付きのプランだし、幸か不幸か台風が接近してるし、そういう意味では温泉旅館を予約しておいて本当に良かったなと思っている。
何もないビジネスホテルで缶詰状態ってのも辛いだけだしね。


それにしても、下呂温泉に続いて二度目の温泉宿か。
オレも変わったもんだなーと思うよ、ホントに。







旅館の向かいには定番の土産屋。
その前にはこれまた定番の温泉たまご。
両方臭いんで子供の頃は本当に嫌いだった(←嗅覚過敏)。





「あらまー、これまた年季の入った部屋やなー」



チェックインを済ませ、ちょっとカビ臭いというか古いというか……そんなベテラン選手の匂いがするフロアからドアを開けると、そこには40年前で時間が止まったままの空間に、今風のベッドを無理矢理押し込んだ様な部屋が待っていた。
これが近年、全国のアチコチで見る【OYOホテル】の特徴だ。
OYOホテルとはインド発祥の格安ホテル予約サービスらしいのだが、要するにダメな宿泊施設のテコ入れ事業と考えてもらったらいいだろう(OYOルームズでググってみてね)。





カッチン式の蛍光灯・畳の上にベッドなど、なかなかツッコミ所満載のタイムスリップ旅館。
ハッキリ言っておこう、嫌いじゃない。




(は~……これで訳アリじゃなかったら、朝食付きで一万円くらいすんのか?ちょっと無理があるな、それは…)



今回予約したプランは【訳アリ・朝食付きプラン1名様5000円】というヤツなのだが、その訳アリの内容は《改修工事により露天風呂が利用出来ません》というものだった。
そんな下らない理由で半額になるなら願ったり叶ったりだ。
つか、そこで駄々こねるヤツなんかいるのかよ?露天風呂なんかゴツゴツして寝風呂しにくいから元々好きじゃねーしな、オレ。
混浴なら話は別だけど。






部屋は山側の眺め。
この懐かしく安っぽい椅子と卓上セットを侘び寂びと言わずに何と言おう?
一発でファンになった。





これで茶請けがスナック菓子じゃなくて賞味期限間近の温泉饅頭だったら満点だったのだが、そこは時代の流れというものなのだろうか。
窓を開ければ昔懐かしい硫黄の臭いがするし、外に見える民家のベランダには、爺さんのステテコが強風にさらされている。

うん、最高だな。
早速風呂に入って、その後は昼寝だ。今日はもうひたすらノンビリしよう。






地下にある大浴場。
ステンドグラス風のガラス戸が荘厳な雰囲気を醸し出している上、泉質もヌルヌル系で悪くなかった。




(はあああ~~~っ………何だかんだ言うても、歳取ったら温泉は有難いな。泉質もなかなか良さげやし、ガチガチに凝った肩には丁度良かったんかもしれんな。やっぱり予約しといて正解やったわ、ココ)




基準である別府の温泉と比べれば温度はかなり低めだが、オレのビーナス肌にまとわりついて来る愛染恭子みたいなヌメリ湯がひたすら心地いい。
浴槽は鉄分の影響で赤黒くなっているが、これはもちろん天然温泉である証拠だから仕方がないな。湯垢が風呂の中で舞っているタイプに比べればまだマシだ。
つーか、ヌルめの温度って眠気を誘うよな。段々とこう……本格的に眠くなってき…………








ザブーーーン!





「なっ…ちょっ、ちょっと!大丈夫ですかっ!?」



入った時は貸切りだった大浴場に、後から入って来たヨボヨボの爺さん。
その爺さんが浴槽の縁で足を滑らせて風呂の中にダイブしたのだが、浴槽の底もヌメリが強かった為か、立ち上がろうとした時にまたズッコケてしまい、要するに浅い風呂の真ん中で溺死しそうになっているのである。





「大丈夫ですか!?どこか打ちました?痛いとこあります?」



理科室の骨格標本みたいに痩せた爺さんの腕を引き上げ、取り敢えず手摺のある階段の所まで抱えて移動させるオレ。
事情が分からない客が見たら、素っ裸のオッサンとミイラみたいな爺さんが抱き合ってると勘違いされかねないほど特殊な構図だ。




「ああ……すんません、ちょっと滑って……大丈夫です、ありがとう」




どうやらダイブした時に脛を打った程度で済んだみたいだが、高齢者一人だとこういう事があるのがとにかく怖い。
浴槽横のガラス戸もステンドグラスみたいになってるし、最悪の場合臨時教会になるとこだったぞ。
頼むわ爺さん、ちゃんと手摺がある所から入ってくれよ……。




「下が滑って危ないんで、出来れば一人で入らない方がいいんですけどねー。ご家族と一緒じゃないんですか?」


「あぁ……婆さんと二人やけんね……大丈夫大丈夫、もう大丈夫ですけん。ありがとうね…」




『そうですか、じゃあ』という訳にも行かず、それから暫く湯に浸かりながら様子を伺っていたのだが、脚を引きずる事もなく歩けていたので一安心。
まあ、老夫婦二人だと混浴でもない限りこういう事も起きる訳だ。
高齢の親と温泉旅館に泊まる予定のある人は、本当に気を付けてほしいよな。
いやしかしマジでビビッたわ、危うく素っ裸で助けを呼びに行くとこやったぞ、オレ…








コロナ禍でどこもガラガラなのは利用者として助かるけど、一方ではこんな危険も付きまとったりするんやなぁ…


小さい子が、田舎の池に落ちて亡くなったりするニュースをたまに見たりするけどさ、歳を取っても同じ様な事が起きたりするもんな。台風の時の用水路とかさ。


老夫婦二人だけの旅は勿論微笑ましくもあるんやけど、こういう事に出くわすとね…ちょっと考えさせられるよね。





そう遠くない未来だ。





オレも気を付けなきゃな。