父の魂との会話時の手記 その1 | 神様より

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父の魂との会話時の手記


 

父の七回忌の翌年の夏、古い書類等を整理していたところ、父親の葬式時の物が出てきました。その時に発見した手記を、ここに記したいと思います。真理を掴むきっかけとして、参考になれば幸いです。

 

父親の葬式の頃は色んなことがいっぱいいっぱいで、いつか時間とかに余裕ができた時、整理しようとして、そのままボンと置いていたのだと思います。

 

父親の葬式の喪主は母親だったのですが、実際は私がほとんどを取り仕切りました。

私も生まれてはじめての経験だったのですが、ネットで事前に調べた内容を紙に書き、その紙を見ながら、何とか色々とこなすことができました。また、葬儀屋さんに聞いたり、親戚たちも助言を下さいました。

 

 

その頃の私は極貧時代でしたので、一日たりとも仕事を休みたくはありませんでした。

でも、父親の具合がだいぶ悪く、そう長くないかもしれないと母親から電話で聞いた時は、さすがの私も仕事どころじゃないと思いました。

丁度運よく休みと重なったので、早速、父親のお見舞いに行こうと思いました。

 

が、実家に帰るお金がありません。

妻に、父のお見舞いに行きたいんだけど……と相談しました。

 

 

その日の夜、妻がひとりで暗闇で泣いていました。

理由を聞くと、「私のせいでお金が無いの」と言うのです。

 

いえ、それは十分、私のせいです。

私の稼ぎが少ないからです。でも妻は、私が上手にやりくりできなかったからだと言うのです。

 

いえ、妻はもう、何十年も服やバック、欲しい物すら買わずに頑張っていたのを知っています。

毎日のお料理だって、一生懸命、安い材料で上手に作ってくれているのを知っています。

 

悪いのは私なのです。

でも、残業したくても仕事はあまり無く、副業しても限度があり、その頃は景気も良くなく、職場の仕事は激減していました。

なので、自宅待機を余儀なくされる日もあったのです。時給制なので、深刻な悩みでした。

かといって転職しようにも、相変わらずの氷河期だったのです。

 

 

私は泣きじゃくる妻に、「しょうがないよ」「親父の最期を看取ることはできないから、最後の親父と喋れないかもしれないけど、仕方ないよ」と言いました。私も泣きながら、妻を慰めました。

 

涙を堪えながらふと上を見ると、何とタンスに五千円札が貼ってあるのを発見したのです。

 

私はいつも、お金に恵まれないのはお金を愛してないからだと思い立ち、お金をタンスに貼って、「お金さん、ありがとう」と、毎日、お金に向かって感謝を日課にしていたのです。

 

「これで親父のお見舞いに行ける!」と、私は喜びました。

 

 

次の日、すぐに支度をして、私たちは家族四人(私たち夫婦と子どもふたり)で、私の実家へと行きました。

五千円のおかげで、交通費を何とかねん出できましたが、それは片道分でした。私たち夫婦は無我夢中だったので、帰りの交通費の分までは考えていなかったのです。でも、何とかなるさとお互いに言い聞かせました。

 

でも、父親のお見舞いに行くとすぐ、父親は孫たちにと言って、お金をくれたのです。

そのお金で、何とか帰りは助かりました。

そして、もし、父親が亡くなったとしても、その時の片道分にはなると、少しは安堵したのです。

 

 

その時、私の父親は、自分の死をだいぶ覚悟していたようです。

まるで、これが最後の別れだといわんばかりに、私たち家族一人一人にメッセージをくれました。

 

私は父親に、「子どもだけ、しっかり育てろ」と言われました。「それだけだ」と。

 

妻は父親に、「子どもたち三人を頼むない」と言われていました。

孫ふたりと、私のことも含めた三人のことです。

妻はその言葉を聞いてすぐ、泣いていました。

 

その後、私たちふたりの息子も何か聞いてましたが、私は何を言われたのかは子どもたちには聞きませんでした。

 

 

それから家に帰り、しばらくして私は夜勤で仕事に出勤しました。

 

夜中の何時頃でしょうか、ふと、父親の病室の光景が私の頭の中に見え始めたのです。

 

不思議な感覚です。映像が見えるのです。ハッキリと。

 

見えるのか、感じるのか、言葉にするのは難しいのですが、父親の今現在の姿が見えるのです。分かるのです。

 

父親は一人でベッドに眠っていました。

 

すると眩しい光が天井の方から放たれました。父親は光の柱に包まれています。大きな、広い光です。

病室全体が眩しく輝いています。

 

 

するとそのベッドの両脇に、死んだ伯父と祖母が現れたのです。

お迎えの瞬間でしょうか。

 

次の瞬間、父親の魂のようなものが、すうっと父親の身体から抜け出していくのです。

 

父親の魂は、部屋の中央で浮いていました。

そして、死んだはずの伯父と祖母と、親し気に何か話をしているのです。

 

 

私がそんな光景を眺めていると、その光景を見ている私に気付いた伯父が、瞬間的に私の職場にワープしてきたのです。

 

私の職場に、何と、死んだはずの伯父が瞬時に出現したのです。

もちろんそれは、私以外には見えない存在としてです。

 

丁度その日は夜勤であり、私は立ちながら、机の上で手作業をしていました。

たまたまその時は、何も考えずにボーっとしていたり、逆に考え事をしていたり、誰かと夢中になって喋りながらでもできる仕事でしたし、私の近くには誰もおらず、一人作業をしていたので好都合だったのです。

 

 

私の斜め上の辺りに姿を現わした伯父は、私に向かってこう言います。

「みんな、応援してるよ」と。

 

 

すると次の瞬間、随分と前に死んだ祖父が現れました。

 

祖父が亡くなる時、私はだいぶ人生に悩んでいました。まだ20代半ばでした。

亡くなる前の祖父は、病院の先生や看護師、祖母や私の母が薄気味悪がるほど、何でもお見通し。

透視能力が凄いと噂でした。

 

なので私は、祖父に心を見透かされて説教をされるのを極度に恐れ、お見舞いに行けずにいたのです。

不甲斐ない自分の性格は、痛いくらい自分で分かっていたからです。

 

でも、そんな祖父が、最近、お迎えが来てるとの噂を聞き、私は衝動に駆られました。

 

じいちゃんが死んじゃう!

会うなら、今しかない!

 

私の知っている人はみんな、お迎えを見たと話した一週間以内に死んでいたからです。

 

 

私は意を決して祖父のお見舞いに行きました。でも、お互いに無言状態がずっと続きました。

ベッドに横たわり、ずっと天井を見上げる祖父。椅子に座り、ずっとうつむく私。

 

私は勇気を振り絞り、本当の気持ちを祖父に話しました。

 

「じいちゃん、僕、本当は怖いんだ。世の中が」

 

すると祖父は、

 

「俺がお前くらい若かったら、このくらいでっかい病院の一つや二つ、建てちまうんだけどな」

 

と言いました。

 

私はしばらくしてから、

 

「うん、分かった! 僕、やってみるよ! でっかいこと、やってみるよ!」

 

そう言いました。

 

 

すると祖父はすぐ、どこか残念そうに、

 

「おめえには、できねえ」

 

と言うのです。

 

 

それが私が子どもの頃からずっと大好きだったおじいちゃんの、孫に残す最後の言葉だったら、凄く寂しくない?と、私は思いました。

 

そんな私の心が見透かされたのでしょうか。

 

次の瞬間、片目をギョロリとむき出し、むっくり上半身を起こした祖父は、私をギッと睨んだのです。

 

 

そして、

 

「行けえ!」

 

と私を怒鳴りつけました。

 

 

私は急いでその場を後にしました。

それが祖父との最期の別れになりました。

 

 

その祖父が、今まさに私のもとに姿を現わしてくれたのです。

 

祖父は言います。

 

「おめえには、できる」

 

 

祖父は、今のお前なら、できると言うのです。

 

私は強く、感動しました。

 

 

祖父の姿はすぐに消え、また、伯父の姿が見えました。

 

伯父は言います。

 

「辛い時は、お父さんの闘病生活を思い出すんだ」と。

 

 

その伯父の言葉は、私の胸に響きました。

 

 

父は二年以上、苦しい闘病生活を送りました。

壮絶な苦しみを私も間近で見ました。

 

筋骨隆々、健康マニア、風邪一つひかなかった屈強な父親が癌になり、じわじわと弱ってしまい、いつしかハサミで紙すら切れなくなったのです。

どんなに辛くても、そうした姿は私たちには決して見せず、いつも平気そうな顔をしていましたが、私は父親のかげの努力を知っています。

 

その姿は、私の心に、深く深く、刻まれています。

 

私が苦しい時は、父の頑張ってる姿を思い出そうと、私は強く思いました。

 

 

すると今度は、祖母の姿が見えました。

祖母は脳溢血で倒れ、その後は下半身不随で車椅子生活を施設で送りました。そして、そのまま施設で亡くなりました。

祖母と会話をするのは本当に久しぶりでもあります。

 

祖母はニッコリと微笑むと、

 

「大丈夫だ」

 

と、優しい言葉を掛けてくれました。

 

私が今まさに辛い日々を送っていることを、祖母はちゃんと分かってくれているようです。

 

 

私が安らぎに包まれていると、祖母の姿がすうっと消え、今度は父親の姿がすうっと現れたのです。

 

まさに私のすぐ近くに。

 

 

父親は、

 

「あっちの競馬場で勝ったら、こっちに送金してやる」

 

と、満面の笑みで言うのです。

 

 

あっちとは、天国のことです。

天国の競馬場は、こっちの世界の競馬場より、かなり広いというのです。

 

そして、あっちで競馬で勝ったお金を、こっちに送る。そういうことが、向こうのはからいで、できるというのです。

 

それは伯父がテレパシーで教えてくれました。

 

ゆっくりと時間を掛けて理解するのではなく、その言葉や言葉の意味というのを、瞬時に一瞬で理解する感じです。

 

私は一秒ほどで、「ふうん」といった感じで理解していました。

 

 

本日はここまでになります。

 

続きは明日、お届けします。

 

 

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