イメージ、妄想。

ただ感じるだけでいい。ただなりたい自分を。

そういうけれど、ふと襲われる社会思想の自分。



こんなことして一体なんになるんだと。

そんなことで自分の目に映る現実はほんとうに変わってくるの?と。

目の前に映る現実は、今もこうして変わらないじゃないかと。


鏡に映る自分は、今日も代わり映えのしない、昨日と同じ自分で。

こうなりたいという願いは抱えていても、特に自分がそんな風に変わった実感はない。


「感じることに価値を感じる生きかたは楽しいよ」

 

そうかな、そんな世界があるなんて知らない。

そんな生きかたがあるなんて知らない。

そんな風に生きてこなかったから。


でももし、そんな世界があるのだとしたら?

 

ほんの少しの希望を抱きながら、はじめは半信半疑だけれど、感じる世界に足を踏みだした。

 

 

 

私はここ数年、引っ越しをしていません。

だからドアを開ければ、いつもの街の風景、いつもの道、いつもの建物。

なにも変わらない日常をいつものように過ごしていく。




でも少し変えたことがある。




それが、感じたいことを感じるように意識してみたこと。

最近感じていることのひとつが「カリスマごっこ」

ここ最近の私のブームです(ブームだからまた変わるけどね)

自分の存在に「カリスマ」って感覚を宿すんです。

どんなふうに宿すか?は、ただ「カリスマ」と感じられたら、それでオッケー!

なにかの感覚を宿すとき、その感覚をどう捉えるかは、人それぞれ感性が違います。



「カリスマ」にどんなイメージやどんな感覚を持っているのか?で、人によって「カリスマ」をどのように感じるかは違う。

 

 

たとえるなら、

 

「私はプリンセス」だと感じることが、

 

ある人は色々な男性にチヤホヤされている自分を感じることだったり、ある人は可愛いドレスを着た可愛い自分を感じることだったりする。


だから「カリスマ」に「ふふん」ってすましている自分を感じる人もいれば、すごい熱狂されて「きゃー」っていう声援を一身に浴びている自分を感じる人もいる。

どれでもいい。

こう感じるのがカリスマだ!!という、自分のなかでの答えがあればそれがいいです。

「カリスマ」って感じながら、大好きな音楽をかけて歩いていく。
 

ただそれだけのことをしているだけ。

 

 

 

それなのに、この感覚を宿しはじめて、すごい展開が続出。



買い物していたら、鬼滅の声優さんを見かけたり。

行きつけの蕎麦屋さんで、声優のキャスティングの仕事をしている人に出会ったり。

行きつけのカフェに、私の大好きなアーティストさんが来ていたり。

行きつけのカフェに行った帰り道を歩いていたら、有名な大物お笑い芸人さんが取材にきていて、私の真横を横切ったり。

 

このすべての共通点が、全部私が一時期ハマって「きゃあああ」「好きだなあ」と思っていた人たち。


こんなことってありますか。

 

意識ってすごいよね。

何年もこの街にいるけれど、この街で有名人に会ったことなんてこれまでなかったのですよ。


自分の存在に「カリスマ」を宿していたら、自分の好きな有名人が世界に現れ始めた。

「私」と「好きな有名人」お互いの存在の周波数が「カリスマ」という周波数でぴったり合ったので、出会うという現象が起きたのでしょう。


でも、私のここ数年の生活は、お家が大好きなヒキコモリ。

たまに友達や彼に連れ出されたり、ここ行きたいなって思ったところに遊びに出かけるくらい。

あとはお家に引きこもって、マンガを読んだり、Huluを見たり、本を読んだり。

ヒキコモリゆえ、有名人に会えそうなところに行ったり、待っていたりするモチベがありません。

いつも家から徒歩20分以内である生活圏内をウロウロしているような生活をしているような人です。

だから私の目に映る「現実」は、いつもなんの代わり映えもしない日常の景色。

でもその「現実」のなかで心だけ変えてみた。

自分の存在に「カリスマ」って感覚を宿してみた。

そしたら、好きな有名人に会えるっていう現象が生活圏内で起きました。


 

最近だと、こんな現象もありました。

 

 

8月のこと。彼がいきなり大阪に旅行に行こうと言い出したので、大阪に旅行に行ってきました。

1日目と2日目はUSJを満喫し、3日目以降は場所を変えて、道頓堀に行ったり、大阪城に行ったり、大阪観光を楽しみました。

 

 






 

そして帰ってきて数日が経過したときのこと。



ユーチューバーに現在登録者486万人いる、カリスマを語っている「ヒカル」という人がいます。

 

私はヒカルの動画が好きでよく見ています。

ある日、ヒカルが大阪に行くという動画がアップされていました。

 

ほんとうにたまたま、自分でもよく捉えたなと思ったのですが、ヒカルが大阪行きの切符を視聴者に見せるように映していたのですが…

それが全く同じ日の、おそらくほぼ同じ時間帯に、マリオエリアにいました!

 

 

 

 

(新幹線の切符もユニバのチケットも全部捨ててしまって、なにも残っていなかったので、そのときに彼と行ったモンハン貼っとく)



まさかのニアミスでした。
 

私は前からあいこちゃんに、ヒカルに会ってみたいんだ~って話していたんです。


これを見て正直こう感じてしまいました。

 

「わあああ、会えたのに!!あとちょっとだったのに!くっそおおお、会いたかったああ!!」と興奮とともにブワッと感覚が湧き上がってきて。

 

でもここが世界が分かれる分岐点。


ここで、会えていたはずなのにと成果だけに意識をフォーカスして落ち込んで、自分の意識のパワーを疑って、会えない世界のボタンを押し続けるか。

それとも、同じ日に同じエリアにいたというだけでもすごいよという部分にフォーカスして、意識のパワーってすごい!このままやれば会えるかも!という世界のボタンを押し続けるか。

 

この一瞬一瞬、自分から湧き上がってくる感覚が、自分が望んでいる感覚なのかどうかチェックしていく。

 

そして心が感じたいほうを選択していくんです。


同じ日に同じエリアにたまたまいるなんて偶然が普通起こる?やっぱり意識ってすごい!って、その状況を私は肯定解釈することにしました。


ヒカルに会えそうだったのに惜しかったなあと思ったとき、

ふと、彼と復縁したときのことがよぎっていく。


復縁したときも、同じ感じだったなあって。


「現実」は、LINEブロックされ、電話も拒否されてできないっていう状態で。


この現実は動かさずに(っていうか動かせない)心を動かしてみた。


「カリスマ」という部分を「私は彼の彼女」というなりたい意識に変えて、自分の存在にその感覚を宿して、日々を過ごしていました。


すると、ぽつりぽつりと世界にその現象が現れ始めて。


日々淡々と「私は彼の彼女」感覚を感じていくなかで、感じる気持ちに、少しずつミリ単位での変化が出始めてきました。


はじめのフェーズはぶっちゃけしっくりこなかったし、ぎこちなかった。

彼の彼女?彼女ねえ…って第三者のような視点で見てしまって。

自分が自分のことをあなたは彼女というテイねなんて評価して、それに対してもうひとりの自分が別れてるのに?ってつっこむということもありました。

でもやっていくうちに、これって感じてないよなあってことに気づき。

このフェーズ、自分にはまだレベルが高いんじゃないだろうかと思い、今の自分の意識レベルで感じられそうなのってなんだろう?と感覚を探りました。


「アイツどうしているかな?」って彼がまだ私のことを少しは気にかけている。

 

 

そんな自分にならなれそうと思い、そういう感覚を自分の存在に宿らせてみたら、これがしっくりときたんですね。

 

なのでここからはじめていこうと、その感覚を堪能して、まだ彼は私のことを気にかけてくれているという想いに満たされていきました。

100%でその感覚を堪能すると、次はこの感覚いけるかな?と思い、やってみると、次の意識レベルもすんなり宿せるようになっていたんですね。


今度は「Hibikiといたら楽しかったなあ」と、いつも一緒にいて楽しかったHibikiの存在を感じて堪能する。

次は「また会いたいなあ」と会いたい存在になっているHibikiの存在を感じて堪能する。


こんなふうに、スモールステップで自分の意識を進化させていき「私は彼の彼女」という感覚の境地にまでもっていきました。


 

 

 

そんなときに、起こるんですよ、ヒカルのときと同じような現象が。



 

 

 

あるとき、携帯の電話が鳴りました。

誰かと思えば、何年も連絡をとっていない疎遠になっていた人でした。

そしてこの人、なんと彼と名前が同じなんですよ。


こんなこともありましたね。

 

一緒に行こう!と誘われたライブが、彼が似ていると言われている芸能人でした。

 


 

自分の存在に「私は彼の彼女」という感覚を宿していると、なんの片鱗も見せなかった日常生活に、少しずつ自分が放っている意識の周波数と合致することが、自分の周辺で起きてくる。

 

いわゆるシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)と言われる現象。

 

でも合致することが起きてくるとき、私はこんな感覚に襲われていました。


シンクロが起こることで、よりいっそう現実化するんじゃないかっていう期待の感覚が湧いてくる。

なんで関連することが起きているのに、1番叶ってほしいことはなかなか叶わないんだよお!という感覚が湧き上がってくる。

現実に、出来事に、意識を向けるほど、一喜一憂しやすくなってしまう。

感覚が実現化するのに、これはよろしくない。

だからこの現象が起きたとき、どうしたものかなと悩みました。


でも、ふとこう思うのです。

 

 

「感じること」

 

 

その意識を大切にした結果、この現象が起きたなら――

 

それは、自分の意識のパワーが、自分の存在のパワーが、世界に影響を及ぼし始めてくるくらい、なりたい自分の存在のエネルギーが膨れ上がってきた証。


それなら、シンクロはこう捉えようと。捉えかたを変えてみた。


『意識の方向性は合ってるよ。このまま感じ続けて』

 

そういう世界からのメッセージだと。

 

 

シンクロ現象が起きるたび、

 

「なるほどね、意識の方向性はこのままで合ってるってことね。ってことはこのままいけばいいのね、了解」

 

世界との通信を受け取っているような感覚でいたら、一喜一憂が落ちつきました。


そうしてシンクロ現象に引っ張られず、淡々と「私は彼の彼女」という感覚を堪能し続けていったら…

現実でも本当に、彼の彼女になれたのです。

 

「彼の彼女」である私の存在を、3次元に顕現できた。


ヒカルのことも、ニアミスでも現象化はしたわけだから、意識の方向性ややりかたは合っていたんだろうけど、

 

自分に宿すカリスマのエネルギーがまだ少し足りなかったかな…あともうちょいかな、いつか今度こそ会えたらいいな。

 

ちなみに、理想の男性の出現も、モテる現象も、同じような感じで意識を使って叶えています。

 

(これを今から詳しく書くとおそろしい文量になるからまた機会があればね)

 

そんな人ほんとうにいるのかな?どうやって出会うのかな?そんなことが頭をよぎるけれど。

 

普通なら、出会うために、たくさん行動を起こすべきなんだろうけれど。

でも私はいつだって、ヒキコモリが好きな自分の性質を無理やりやめることはない。

誰かに出会うためにこれをしなくちゃと、なにかを不本意のままがんばってやろうとは思わない。

 

どんなに自分がヒキコモリで動かなくても、ばったり出会う出来事が起きたり、自分自身が動かざるを得ないようなことが自然と起きたりする。

 

生活圏内でばったり出会ったり、行きたいなと思った場所にいたり、誰かから誘われたり、これまではなかったのにってことが起きてくる。

そして導かれるように、あそこに行きたいなという衝動が起きたり、誘われたから行くような出来事が起きて、自分にムリなく自分のこうしたいという気持ちを叶えていくと、その先に叶う現象が待っていることが、私の場合ほとんどです。


代わり映えのしない、いつもの街の普通の景色。

なにも変わらない日常を生きている。


ただ少し変えていった。


それはなりたい自分の感覚を自分に宿すこと。

 

自分に「なりたい自分」のエネルギーを創り出すこと。



そうすると世界が少しずつ動き出す。

心が感じた分だけ、世界も感じる。

心が動いた分だけ、世界も動き始める。

時計の秒針が少しずつ動くような感じで、今の自分から、なりたい自分のほうへ矢印が向いていく。

すると、これまでとは違うことが少しずつ起き始めていく。

 

 

感じ続けて。感じることを楽しんで。

 

 

 

自分の想いの力で、自分の世界って動かせるんだって実感できる、すごいおもしろいことがたくさん起きるから。

自分の想いの力で、自分の世界が動かせるって感覚、おもしろいよ。それがすごい楽しい。


私は昔は「彼の彼女」「モテる」「公爵令嬢」「クイーン」「キラキラしてる」などをやってました。

今は彼との関係は安定しちゃったから、最近は「クイーン」「カリスマ」「豊かさ」を感じるのが好きです。

それをその瞬間の気分で変えていくの。今はこれかなって。


あなたはなにがいい?

理想の男性の彼女?好きな彼の彼女?お姫様?お金持ち?全部?

今、どんな自分を感じたい?

 

あなたも一緒にやろう♡

 

そして自分の想いの力で、自分の世界が動くんだって感覚、体験しよう♡