施設長の若山三千彦が書いています。
文福がまたお一人のご入居者様を看取ってくれました。
ご逝去される少し前の写真です。
文福もご入居者様も、とてもいい笑顔を浮かべています。
ご逝去前という状況ですから、楽しい、弾けるような笑顔ではありません。
心の奥底からにじみ出てきたような、深く静かな笑顔です。
この時、ご入居者様はもう、ほとんど意識がない状態だったのですが、確かに笑顔を浮かべていました。
この1日前、文福はこのご入居者様のお部屋の扉の前に座っていました。
その時ご入居者様は、既に看取り介護体制に入っている段階でしたので(医師から余命いくばくもないと宣言されている状態です)、
アーミーさん達職員は、すぐに文福の行動の意味を察知しました。
看取り介護体制だったので、交代で付き添っていたご家族様も、文福の行動を理解しました。
そして、その翌日、この写真を撮影した日、文福はお部屋に入り、ベッドに上がって寄り添い始めたのです。
こうして文福がご入居者様お顔を舐めるのは、ほとんど看取り介護の時なんです。
普段はベッドに上がってご入居者様甘える時は、自分の体をこすりつけたり、ご入居者様の上にのったり、ダイナミックに甘えていて、お顔をそっと舐めるということはしないんです、
文福のこの姿を見て、職員もご家族様も、その時が近いと感じ、心の準備をしました。
実は、来週月曜日(6月3日)にアップされる、読売新聞が運営する医療福祉情報サイト・ヨミドクターでの連載コラム「ペットと暮らせる特養から」の原稿に、文福は看取り犬を引退するかもしれないと書いたところでした。
今年に入り、2回、1月と4月に、文福のユニットのご入居者様がご逝去した際に、文福が看取り活動をしなかったためです。
文福も高齢になり、匂いを察知する力が衰え、看取り活動ができなくなったかもしれないと書いたのです。
私が書き上げた原稿をもとに編集部がゲラ(連載用の記事)を作り、送られてきたゲラを確認していた、まさにその時、アーミーさんから、「文福がご入居者様のお部屋の前に座っていますっ!」という報告が入ったのです。
そこで編集部に、ゲラの完成(校了といいます)を待ってもらい、ご入居者様のご逝去を見届けてから、ゲラの最後の部分に、文福が看取り活動をしたことを書き加えさせてもらいました。
ゲラの最後はこう締めくくりました。
おそらく、こんなふうに、入居者が亡くなることを”察知”できたり、できなかったりを繰り返しながら、引退していくのだろうと思います。文福はまだ頑張ってくれています。
これが私の予測ですが、しかしヨミドクターの記事では書ききれなかったことがあります。
今回ご逝去されたご入居者様は、大変文福を可愛がって下さった方で、文福が大好きな人だったのです。
もちろん、ユニットのご入居者様は全員犬がお好きですし、文福を可愛がって下さいます。
文福もご入居者様全員に甘え、どなたの部屋にも勝手に入っていきます。
でも、その中でも、文福にとって、特に好きなご入居者様というのがあります。
やはり、他のご入居者様よりもさらに可愛がって下さる方、文福が行くと大喜びして下さる方のことは、文福は大好きになります。
そのような方のお部屋に行く頻度は増えます。
今回ご逝去された方は、そのようなご入居者様だったのです。
だから文福は、ご逝去するのを察知できたのかもしれません。
文福は高齢になり、嗅覚や洞察力が衰え、大好きな人の時は頑張って五感を総動員してご逝去を察知するけれども、他の人の時は察知できない、ということがあるのかもしれません。
でも、それも、自然の摂理だと思います。
むしろ、文福の看取り活動がそのような感情に影響されるようになったとしたら、それはそれで、文福の豊かな感情を表しているようで、素敵なことだと思います。
この記事の最後に、一言付け加えさせて下さい。
このご入居者様が最期の時、文福が寄り添っていることを認識できたのかどうかはわかりません。
でも、私たちの目には、ご入居者様も文福も、深く静かな笑顔を浮かべているように見えました。
ご家族様の目にもそう写ったようです。
文福に対して、心のこもったお礼を述べて下さいました。
理想の看取りだったとおっしゃって下さいました。
そのように文福を認めて下さったことが、私たちは本当に嬉しく思いました。
ご家族様、ありがとうございます。
ご入居者様のご冥福をお祈り申し上げます。