施設長の若山三千彦が書いている食のエッセイです。
今日のお昼は、『今月の旬魚ご膳』シリーズでした。
うちのホームが選んだ10月の旬魚は舌平目です。
舌平目の旬は秋なんですよ。
舌平目はもちろんムニエルにしました。
舌平目と言えばムニエルですよね~。
私位の年代では(私は57歳です)、フランス料理の代表は舌平目のムニエルでした。
と言うか、フランス料理の名前なんて、舌平目のムニエルしか知りませんでした。
私が子供の頃は、まだ横須賀のような地方都市では、フレンチレストランなどというものは数少なかったんです。
当然、高級店ばかりで、子供が連れて行ってもらえる訳ありません。
だからフランス料理というものを見たことはなく、テレビか何かで(私の場合は本である可能性が大です)、舌平目のムニエルという名前だけを知っていたんですよね。
なお、私が子供の頃というのは、何かと話題になったNHKの朝ドラ「ちむどんどん」の主人公が上京したころです。
ドラマのイタリアンレストランのようなお洒落な店は、当時の横須賀にはあまりなかっただろうと思います。
まあ、今でも決して多いとは言えないのですが。
横須賀の場合、お洒落で高級なフレンチ/イタリアン/和食のレストランは、周辺の街、葉山、逗子、鎌倉に集中しているんです。
横須賀市民もそちらに行ってしまうので、あまり市内に高級レストランが出来ないんですよね。
もう一つ、ドラマ的なネタをあげると、私は「ちびまる子ちゃん」と完全に同世代です。
まる子ちゃんの世界は、私の子供時代そのものです。
まる子のクラスメートで、超お金持ちのお坊ちゃん、花輪君が「オマールエビのコキール」と言うのを聞いて、まる子ちゃんが、見たこともないフランス料理の妄想を膨らませるシーンがありましたが、私は心から共感しました。
もちろん、私が「ちびまる子ちゃん」を読んだのは大人になってからですが(妹が単行本を持っていたんです)、確かに子供の頃、オマールエビという名前だけは知っていたなと思いだしたんです。
そうなんです。舌平目とオマールエビの2つだけが、フランス料理に出てくる食材として、その名前だけを知っていました。
名前だけです。舌平目もオマールエビも見たことありませんでしたから。
ということで、50歳代後半以上の人にとって、舌平目とは、フランス料理の代表だったんです。
ところで、舌平目とはどんな魚かと言うと…
ネットから拾った写真です。
うちの厨房で調理した魚ではありません。
舌平目は、名前は「ヒラメ」ですが、実はカレイ目、カレイの仲間だそうです。
ここで豆知識を。
左カレイに右ヒラメと言って、目が上になるように置いて、左向きになるのがカレイ、右向きになるのがヒラメなんです。
確かに上の写真は、左向きですね。
私が子供の頃、横須賀のような沿岸部の街の子供達の3分の1位は、釣りをした経験があると思います。
私もあります。
カレイは何回か釣れましたが、舌平目は釣ったことはありません。
だから舌平目が横須賀周辺の海にいるとは思っていませんでした。
しかし、私の子供が、一度だけ舌平目を釣ったことがあります。
横須賀の海にも舌平目がいるのかと驚いたのを覚えています。
私の子の時代(と言っても釣ったのは20年近く前ですが)は、釣りをする子供は非常に少数派だったろうと思いますが、私の子は中学生の頃、釣りにはまっていたんですよね。
そして、あまり知られていませんが、舌平目は横須賀だけでなく、ほぼ日本中で獲れます。
そして日本でも昔から食べられていました。
決してフレンチの食材として、明治以降に日本に入って来た新しい食材ではないんです。
九州の有明海沿岸地域では、「くちぞこ」あるいは「くつぞこ」と呼ばれています。
まあ、写真を見ると、そんな名前をつけたくなる気持ちもわかりますよね。
瀬戸内海沿岸では「ゲタ」と呼ばれていました。
まあ、こちらもわかりますよね。
「くつぞこ」と言い、「ゲタ」と言い、高級食材なのに、足元系の名前ばかりつけられるのが面白いですよね。
まあ、おそらく、日本では高級食材ではなかったのでしょう。
なお、新潟では「ねずり」、あるいは「ねずら」と呼ばれていたそうです。
意味はわかりませんが、こちらも上品な名称ではありませんよね。
しかし、ここ横須賀では、やはり「舌平目」という名前しか知られていません。
そして、ご入居者様にも「舌平目のムニエル」は、ある程度のインパクトがある名前です。
「これが舌平目のムニエルなの。初めて食べたわ~」
というような声が上がっていました。
そういうように印象が刻まれれば、大成功です。
『今月の旬魚ご膳』は、食のバリエーションを増やすことと、ご入居者様の印象に残る食の体験をして頂くことが目的ですから。
老人ホームで暮らしていると、どうしても生活の変化が乏しくなります。
そこで、食を通して色々な体験をして頂くことが重要なんですよ。
色々な食の体験をすることは、認知症の進行予防にもつながると私達は思っています。
「舌平目のムニエル」で、昔、フランス料理が珍しくて高級だった頃の生活を思い出し、
日本各地で色々な名称で親しまれていたことを知り、
普段食べた事のない珍しい料理を味わう。
これらは脳の刺激となり、認知症進行予防につながるはずです。
もちろん、それより大切なのは、珍しい料理を食べて喜んで頂く事です。
そして、さらに大切なことは、美味しい物を食べて幸せになってもらうことです。
これこそが、老人ホームでのお食事で最も大切なことですよね。