施設長の若山三千彦が書いているエッセイです。
今回は福祉エッセイです。
皆さんはヤングケアラーという言葉をご存知でしょうか?
数年前からマスコミに登場するようになった言葉です。
それだけ、社会が注目している現象、というよりは深刻な社会問題です。
ヤングケアラーとは、その言葉通り、家族の介護をしている若者を指します。
主に中学生、高校生ですが、小学生という場合もあります。
10代の学生が家族の介護をしなければならない。
それがいかに深刻なのかは、皆さんも簡単にイメージできますよね。
だって、本来は自分がまだ世話をされるべき子供達ですよ。
あ、世話と言うのは、食事を作ってもらったり、洗濯をしてもらったり、という意味です。
子供達が介護をされるということではありません。念のため。
とにかく、本当は自分たちが世話をされているはずの子供達が、家族の介護をしなければいけないなんて。
学校の勉強とか、部活とか、受験とか、友達と遊ぶ青春の日々とか、色々とやるべきことがたくさんある若者が、家族の介護に時間と労力を費やさなければいけないなんて、悲惨すぎます。
最近やっと、社会がヤングケアラーの存在に気が付き、そんな若者たちを支援する動きが始まったのは大変嬉しい事ですが、国の動きはあまりに遅すぎます。
介護の業界では、かなり昔から、ヤングケアラーの問題に気が付いていました。
そして介護している若者たちを支援してきました。
※写真は本文とは関係ありません。今回は重い内容ですので、写真だけは楽しい物を選びました。
私が初めてヤングケアラーに出会ったのは、20年近くも昔のことです。
私が出会った、いえ正確に言えば、うちの法人に勤務するケアマネジャーが出会った少年は、おそらくヤングケアラーの中でも最も悲惨な環境にいました。
その依頼は、高齢者本人からのものでした。
70歳代の女性の高齢者が、さくらの里に電話をかけてきたのです。
さっそく彼女の自宅を訪れたケアマネジャーは、信じられない状況に出くわし、絶句とすることになります。
介護が必要なのは、その女性高齢者だけではなかったのです。
彼女と同居する息子夫妻も介護が必要な状態=要介護者だったのです。
まず、電話をくださった70歳代の女性は、認知症の診断を受けていました。
認知症のために家の事ができなくなってきたので、在宅介護サービスを利用することを希望したのです。
この女性が自分で電話をかける理解力が残っている内にケアマネジャーに相談をしてくれたのは幸運でした。
しかし、家の事、というのがとんでもなかったのです。
同居の息子さんは、癌の闘病中でした。
病状はよくなく、ベッドで寝ていることが多い状態でした。
その息子さんの看病を、母親である女性と、お嫁さん(息子さんの奥様)が行っていたのですが、なんとそのお嫁さんが若年性認知症になってしまったのです。
若年性認知症は、ドラマ「大恋愛」で話題になった病気です。
文字通り、若い人がかかる認知症です。
アルツハイマー病など、認知症の病気としては、高齢者がかかる認知症も、若年性認知症も同じ物です。
要するに、通常は高齢者に多い認知症に、若い人がかかった場合は若年性認知症となるんですね。
癌は若い人がかかると進行が速いのですが、認知症も同じです。若年性認知症は進行が速い場合が多いのです。
このお嫁さんの場合は、特に進行が速かったようです。
短期間のうちに、記憶力や理解力、判断力が低下し、まともに日常生活が送れない状態になってしまいました。
夫の看病はおろか、普通の家事ですらほぼできなくなってしまいました。
そうなってからは、70代の高齢女性が孤軍奮闘していた、のではありません。
女性の孫(もちろん息子夫婦の子供です)の中学生の男の子が、お祖母さんと一緒に家事をこなし、闘病中のお父さんの看病をし、認知症のお母さんの介護までしていたのです!
これだけでも男の子の頑張りは奇跡的だったのに、お祖母さんまでもが認知症が悪化し、家のことができなくなりつつあったのです。
中学3年生の男の子が、全ての家事をこなしながら、お父さんの看病とお母さん、お祖母さんの介護をしなければいけない。
そんな状況になっていたのです。
※写真は約10年前の物を選んでいます。10年前の文福と大喜、そして虹の橋にいるむっちゃんです。
男の子が買ってきたお弁当を、ベッド上のお父さんに食べさせる。
次に、お母さんとお祖母さんと一緒に3人で食卓を囲み、やはりコンビニ弁当を食べます。
お母さんは認知症のためにうまく食べられず、食べこぼしが多いのを掃除しなければいけません。
食後にお父さんのオムツを交換し、4人分の洗濯をする。
お母さんは声掛けをして、衣類を揃えてあげないと、一人だけではお風呂に入れません。
これらを全て、中学生の男の子が行っていたのです。
まだ少しはお祖母さんが手伝ってくれていまいたが。
ケアマネジャーが絶句してしまったのもわかりますよね。
すぐさまケアマネジャーは、この崩壊寸前だった家庭を支えるために動き始めました。
この家庭で要介護認定を受けていたのは、お祖母さん(電話をくださった70代女性)だけです。
息子さん夫婦は要介護認定を受けていなかったので、すぐに認定を受ける申請をしました。
そしてホームヘルパーを利用する計画を立てます。
ホームヘルパーが家事と看病、介護をすることで、男の子をある程度は家の負担から解放できますから。
しかしここでネックとなったのが、同居家族がいる場合は、ホームヘルパーは家事を行っては行けないという介護保険のルールです。
いくらなんでもこの家庭の場合は、ホームヘルパーが家事をしてもいいだろうと思い、市役所に相談したのですが、答えはNOでした!
同居家族がいるので、ホームヘルパーが家事をしてはいけないと言うのです!
もちろん同居家族とは中学生の男の子のことです。
ここでいう同居家族とは、通常の家事ができる状態の家族を意味します。
だから要介護認定を受けている家族は除外されます。
障がい者認定を受けている家族や病気療養中の家族も除外されます。
私達は、中学生の男の子も当然、除外されるだろうと考えていたのですが、市役所の判断は違ったのです。
要するに中学生の男の子が家事をするべきで、ホームヘルパーに家事をさせてはいけないと言われた訳です!
あり得ないですよね!
※猫の写真も10年前のものです。虹の橋にいるキラです。
もちろんホームヘルパーは介護保険と言う公的制度の中にあります。
ホームヘルパーの所属する事業所(この場合はうちの法人です)は、介護保険制度から介護報酬を得ています。
介護報酬には税金も含まれます。
税金を使っているのだから、あくまで要介護高齢者のために必要なことだけをホームヘルパーは行うべき、という理屈はよくわかります。
お一人暮らしの高齢者、あるいは老夫婦だけの高齢者世帯なら、家事をできる人がいないので、ホームヘルパーは家事をしてもよい。
でも家事ができる家族がいるのに、ホームヘルパーが家事をするのは、税金の無駄遣いである。
この理屈もよくわかります。
しかし、中学生の男の子に、一家4人で暮らす家の家事全てをさせるのは無理がありますよね!
もちろん、ホームヘルパーがお父さん、お母さんの介護を行うだけでも、男の子の負担は大きく減ります。
とはいっても、一家4人の食事や洗濯などの家事作業は莫大ですよね。
しかもこの時、男の子は中学3年生。季節は冬。受験直前だったのです。
そんな彼にとって最も大切な時に、莫大な家事をやらせるなんてあり得ません。
うちのケアマネ部門の管理者と、ホームヘルパー部門の管理者が揃って私の所に直談判にやってきました。
自分たちがボランティアで家事をしに行くのを許してほしいと訴えてきたのです。
2人とも中学生の子を持つお母さんでした。
受験を控えた男の子に莫大な家事を毎日させるなんて耐えられないと言うのです。
2人だけではありませんでした。
ケアマネジャーと、常勤のホームヘルパー全員が協力して、交代で毎日その家にボランティアで行くと言っていたのです。
うちの法人では(他の介護事業所も同じだと思いますが)、職員が職務とは別にプライベートでご高齢者様のお宅を訪れることを禁止しています。
それがボランティアで何かをしてあげたいという理由であれ、個人的に仲良くなったという理由であれ、職務として関わっている高齢者のお宅を職員がプライベートに訪れることは、信用問題に関わるからです。
実際に社会では、そのような不適切な関係から、ホームヘルパーが高齢者宅から金品を盗むという事件に発展したことがあります。
このような禁止ルールがあるので、ケアマネ部門の管理者とヘルパー部門の管理者は、例外としてボランティアとしてこの家を訪れることを認めてほしいと訴えてきた訳です。
ボランティアですから無償で、夕方の忙しい時間を使って(ケアマネもヘルパーもお母さんですから、勤務が終わった後の夕方はとても忙しいのです)、男の子がしている家事を代わってあげたい。
その気持ちを無視することはできませんでした。
そもそも、当時、私の子供も中学生でした。
私にとっても、受験前の男の子に大量の家事をさせておくなんてあり得ないことでした。
そこで、ケアマネジャーとホームヘルパーには、勤務時間中に職務として男の子のお宅を訪れ、料理、洗濯、掃除をやるよう指示しました。
介護保険制度は使えませんので、法人としてはお金がもらえないボランティアになりますが、職員にとっては職務としたのです。
※文福と同じ看取り活動をしていたトラ。今は虹の橋で暮らしています。
ケアマネとヘルパーは、特別シフトを作って、交代で毎日、このお宅を訪れて家事をこなすようになりました。
ここで幸いだったのが、うちの法人には障がい福祉施設があったことです。
障がい福祉施設は児童福祉と連携することががあるので、地元の児童養護施設を知っていたのです。
そちらに相談すると、すぐに動いてくれました。
男の子を一時的に入居させてくれたのです。
そのおかげで、男の子は受験に専念することができ、無事志望校に進学しました。
男の子が一時的にいなくなった家にいるのは、全員が要介護認定を受けているお祖母さん、お母さん、お父さんです。
家事ができる同居家族がいないので、ホームヘルパーが家事を行えるようになりました。
従って、お祖母さん達の生活を維持することもできました。
その後は、お父さんとお母さんは特別養護老人ホームに入居して頂きました。
市役所が動いてくれて緊急入居ができたのです。
お祖母さんはグループホームに入居し、男の子は一人暮らしになりました。
家事は自分でやらなければいけませんが、自分一人の分ですから、大丈夫だったと思います。
また、児童養護施設の相談員が、継続的に生活のサポートをしてくれていました。
こうして、うちの法人が初めて出会ったヤングケアラーについては、何とか問題が解決しました。
ヤングケアラーの大きな問題は、中学生、高校生では世の中の仕組みがわからず、外部に助けを求められない場合が多いということです。
社会から孤立した状態でヤングケアラーが必死で頑張っている、という状況に陥りがちです。
私達が出会ったこの事例は、お祖母さんが認知症になりながらも、ケアマネジャーに相談してくれたことが救いとなりました。
それがなかったら、男の子が一人で家事と介護をやり続けて、追い詰めれらてしまっただろうと思います。
また、ヤングケアラーたちが、制度の狭間にあることも問題です。
高齢者の介護はもちろん高齢福祉の分野ですが、ヤングケアラー、すなわち中学生、高校生を支援することは、児童福祉と教育機関の分野です。
うちの法人はたまたま児童福祉施設に伝手がありましたが、普通の介護施設のケアマネジャーだったら途方にくれてしまっていたかもしれません。
ヤングケアラーをサポートするには、様々な福祉施設や学校が連携する必要があります。
それをするには、私達民間の福祉関係者では限界があります。
行政機関が中心になる必要があります。
国や地方自治体がより真剣にヤングケアラーの問題に取り組むことを期待したいです。
※この事例は20年近く前のことです。同居家族がいる場合にホームヘルパーが家事を行うことについて、現在は市役所もより柔軟な判断をしてくれています。