家族と言えど、人と人
別々の人格なのだから
時には正しさや
気持ちがぶつかる事はある。
最近とくに思う
そんなつもりは無くても
相手をキズつける事がある。
逆も同じで
相手がそんなつもりは無いのに
こちらが誤解をしてキズつく事がある。
同じ言葉なのに
お互いの言葉の認識が違う
感じ方が違う
そこには
言い方が関係することもあれば
言い方は関係なく
言葉自体の受け取り方が違うこともある。
主にそれが原因な気がする。
大切なのは
出来る限り
相手にレッテルをはらないこと。
「きっとわかってもらえない」
「冷たい人だから」
「勝手な人だから」
「私の事が嫌いだから」
そんな風に相手を決めつけて諦める。
それは
勿体ない事なのじゃないかと思う。
そして、時間。
同じことを理解するのでも
経験や性格上
すぐに理解出来る事もあれば
何年もかかる事もある。
それは自分自身にも言えることで
今の自分では理解出来ないことでも
後から
「あの人の言っていた事は
このことか」
と同じ内容の事でも
解釈が全く変わる事もある。
自分が伝えたい事を
自分の望むスピードで相手が理解してくれないと
この人にはわからないんだ。
と思いがちだけど
時間が必要な事もある。
(相手や自分の性根が腐っていない場合に限る)
反対も同じ
相手が言っていることが理解できなくても
何か意味があるのかもしれない。
と、否定せずに心にとめておく。
お互いに
お互いを諦めない。
時間がかかること
手間がかかること
折り合いをつけられる場所が
必ずあると信じること
(急を要する場合は別)
それをおっくうがらずに
忍耐強く向き合うこと。
そんな事が大切な気がする。
人生は見方を変えれば短い
また見方を変えれば長い
長い人生
じっくり時間をかけてみてもいいじゃない。
きっと
そんな風に向き合えば
思ったよりも早く
理解し合える時がきっと来る。
明日は言い方を変えてみよう。
少し待ってみよう。
また折を見て話そう。
大事な相手ならば
そんな風にどっしり構えて
向き合っていこう。
そんな風に思うのです。
後は揺らいだ自分の気持ちをどうするかよね。
実はこれが一番大切だったりする。
諦めないだけじゃなく
癇癪もおこさない
それについては
またじっくり考えてみようと思う。
あと、根っから合わない人もいる。
そんな場合私は
程よい距離を保つよう心掛ける。
別々の経験のなか
何かのきっかけでわかり合える日が
きっと来ると信じて。
世の中に敵はいない。
信じたい。
もっと成長したい。
この気持ちを大切にしたい。
そんな風に思うのです。
あ。なんか話がまとまっていないかも。
ごめんちゃい。
ちゃい。
へへへー。