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いなと言へど 語れ語れと 宣らせこそ 志斐いは申せ
強ひ語りと言ふ
                   志斐嫗 

(いなといえど かたれかたれと のらせこそ しいいは
 もうせ しいかたりという)

意味・・もう疲れたから止めましょうと申し上げたのは、
    いつも私の方でした。もっと聞かせて聞かせてと
    強いたのはお嬢様の方ではなかったですか。そこ
    で、やむなくお話を続けることになったのです。
    それを志斐の婆の無理強い語りなどとおっしゃい
    ます。

    持統天皇が次の歌を詠んだのに対して応えた歌で
    す。
   「いなと言へど強ふる志斐のが 強ひ語りこのころ
    聞かずて我れ恋ひにけり」  (意味は下記参照)

 注・・宣(の)らせ=おっしゃる。
    志斐=語り部の職業を持っていて、持統天皇の
     少女時代のお守り役の年長の女性。当時はまだ
     文字の普及が不十分なため、語り部が昔の出来
     事を記憶していて話を語り伝えていた。
    志斐い=「い」は強調の語。
    強ひ=「志斐」を掛ける。

作者・・志斐嫗=しいのおうな。持統天皇の教育係りの
     年長の語り部。

 

出典・・万葉集・237。

参考歌です。

いなと言えど 強ふる志斐のが 強ひ語り このころ聞か
ずて 我れ恋ひにけり      
                    持統天皇

(いなといえど しうるしいのが しいかたり このころ
 きかずて われこいにけり)

意味・・「もうたくさん」というのに聞かそうとする
    志斐婆さんの無理強い語りも、ここしばらく
    聞かないでいると、私は恋しく思われる。

    側近の老婆をからかった歌です。

 注・・志斐の=側近の老婆の名前。「の」は親愛を
        表わす。
    強ひ=志斐を掛ける。

 

出典・・万葉集・236。