ちりぬるを ちりぬるをとぞ つぶやけば 過ぎにしかげの
顕ち揺ぐなり
斉藤史
(ちりぬるを ちりぬるをとぞ つぶやけば すぎにし
かげの たちゆらぐなり)
意味・・「散りぬるを、散りぬるを」と、いろは歌を何度も
つぶやいていると、昔からの亡くなった人々の面影
が悲哀を伴って浮かばれてくる。
史の父親は昭和11年の2・26事件に関係した陸軍軍
人である。この事件に関係した人々は死刑となった
が史との面識のある人々であった。
その後、太平洋戦争の多くの犠牲者を見つめ、また、
史自身も東京で空襲を受けた。広島・長崎の原爆で
は多くの死者の悲しみを知るこことなった。
史も80歳、90歳となると多くいた肉親も友人もほと
んど亡くなっていなくなってしまった。
昔からの亡くなった人々の面影を思うと、諸行無常
の悲しみが込み上げてくる。
この歌は太平洋戦争の犠牲者を含め、作者が生きた
時代の死者全てに捧げる鎮魂歌でもあります。
なお、「いろは歌」は下記を参考にしてください。
注・・過ぎにしかげ=亡くなった人々の面影。
顕ち揺らぐ=表に表れゆらゆらする。思い浮かばれ
る。
諸行無常=全ての現象は常に変わり、不変のものは
無いという事。
作者・・斉藤史=さいとうふみ。1909~2002。93歳。歌人・
斉藤瀏(りゆう)の長女。父は陸軍軍人で2・26事
件の関係者。
出典・・昭和万葉集。
----------------------------------------------------
「いろは歌」・「諸行無常」についての参考です。
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず
(意味)
花は咲いても散ってしまうように
世の中にずっと同じ姿で存在し続けるもの
なんてありえない
人生という苦しい山道を今日もまた1つ越えたが
はかない夢を見て酔うたりはしたくないものだ
------------------------------
「諸行無常」とは
------------------------------
色は匂えど散りぬるを(諸行無常)
桜の花は咲き乱れても、
一瞬の春の嵐に散り果てて行く。
それは花ばかりではない。
古代に栄華を誇った文明も
いつかは廃墟になっていく。
人間もそうである。
世の中の娘は嫁と花咲きて嬶(かかあ)と
しぼんで婆婆(ばばあ)と散り行く
-----------------------------
わが世誰ぞ常ならむ(是生滅法)
この世に恒常的なものは一つもない
世の中にある全てのものは、生じると
滅亡してゆくものだ
-----------------------------
有為の奥山今日越えて(生起因縁)
この世にある全ての存在は因縁によって
生じたものである
原因があって結果が生じる、そして今の
姿になっている
「有為」は因縁があって生じること
「越える」は因縁の道理に目覚めること。
----------------------------
浅き夢見し酔もせず(酔生夢死)
酒に酔ったような、また夢を見ているような
心地で、なすことなくぼんやりと一生を過ごさない
明日ありと 思う心に ひかされて 今日も空しく
過ごしぬるかな